【科学の本質を探る㉖】中世スコラ学者による近代科学への貢献(その2)スコラ哲学を崩壊させ、哲学を神学から分離したスコラ学者 阿部正紀

2016年1月25日06時22分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回は、スコラ学者が翻訳事業を通じてイスラム世界からギリシャ哲学とアラビア科学を西欧社会に逆輸入し、さらにトマス・アクィナスがギリシャ哲学をキリスト教神学と折衷してスコラ哲学を完成したことを説明しました。

今回は、スコラ学者が、スコラ哲学の欠陥を見抜いてスコラ哲学を崩壊させるとともに、哲学を神学から分離していったことによって、近代的な哲学と自然科学への道が備えられたことを明らかにします。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • スコラ学者たちは、信仰を重視する「神中心主義」に基づいて哲学を神学から分離した。一般に考えられているように、近代になって「神中心主義」から「人間中心主義」になったので哲学が神学から分離されたのではない。

逆輸入された「アリストテレスの諸学」

イスラム世界から西欧に逆輸入された古代ギリシャの文献には、万学の祖といわれているアリストテレスの膨大な数の著書とその注解書が含まれていました。それらの著作は、論理学、哲学、自然学(物理学、天文学、気象学、動物学、植物学)から心理学、倫理学、政治学など極めて多岐にわたっていました。

これらの中でも特に、アリストテレスの論理学は、近代に至るまで大きな影響を与え続けたほど偉大な業績でした。

論理学の大家であったアリストテレスは、客観的に存在を把握できる現象だけを哲学の根拠としました。そして、観測された事実から真理を見いだす合理的な推論の方法のみならず、非論理的な詭弁(きべん)を識別する方法を明らかにしていました。ガリレイの時代にアリストテレス主義者が抱いていたような教条主義(事実よりもアリストテレスの論述に真理を求めた、第22回)をアリストテレス自身は明確に否定していたのです。

「合理的な」アリストテレス哲学を取り入れたスコラ哲学

ところで、合理主義者アリストテレスの自然学は、今日のわれわれには「馬鹿げて」見えます。

例えば、アリストテレスは、石が地上に落下するのは、石が地に属するから地に戻ろうとする目的のためであると説明しています。論理学の大家がなぜこのような説明をするのか不思議です。

実はアリストテレスは、ギリシャ哲学の「目的論的」な自然観(全ての現象は事物が目的を果たすために起きる)を受け入れていたので、それにそって論じているのです。またアリストテレスは、ギリシャ哲学の二元論的な(天上界と地上界を区別する)世界観(第23回第24回)を信奉していました。

このような欠陥があったとしても、アリストテレスの自然学は、ギリシャ哲学の原うように自然現象を説明した合理的な理論であったのです。それは、人類史上初めて、自然現象を哲学的な原理に基づいて説明した科学理論でした。

従ってアリストテレスの自然学は、彼の論理学や倫理学と共に、当時最も合理的な学問でした。トマス・アクィナスは、これらをキリスト教思想と総合して、見事な合理性と論理的な首尾一貫性を備えた明証な学問体系としてスコラ哲学を作り上げたのです。

スコラ哲学を些細で不毛な哲学、すなわち「煩瑣(はんさ)哲学」と蔑称したのは、中世暗黒説(中世を教会が科学の進歩を抑圧した暗黒時代と見なす歴史解釈)に支配されていた人々です。現在ではこのような見解は撤回され、スコラ哲学は明証な議論によって真理を明らかにしていく、極めて合理的な知的営みであったと認識されています。

スコラ哲学を崩壊させたスコラ学者

ところが、スコラ哲学も所詮(しょせん)は、アリストテレスの学問を、それとは無縁のキリスト教思想に無理やり折衷したにすぎません。スコラ哲学者は、アリストテレスの「真理を見いだし詭弁を識別する推論の方法」に従って、折衷思想であるスコラ哲学の欠陥を見抜いて、これを明るみに出しました。そして、ついにはスコラ哲学を崩壊させました。

スコラ哲学を打ち壊したスコラ学者たちは、哲学を神学から分離しました。ここから、近代科学思想への道が備えられたのです。

哲学を神学から分離させたウィリアム・オッカム

【科学の本質を探る㉖】中世スコラ学者による近代科学への貢献(その2)スコラ哲学を崩壊させ、哲学を神学から分離したスコラ学者

14世紀にスコラ学者ウィリアム・オッカムは、人間の理性には神に属する事柄を論証する能力がないと考えました。それゆえ彼は、トマス・アクィナス(前回)のように哲学が神学を助けると考えることは、神の全能性や絶対性を人間の理性の営みで制限することになり、信仰の純粋さを損なうと非難し、哲学を神学から分離しました。

オッカムは、信仰の純粋性を保つために、理性が働ける場を経験の世界に限定し、信仰の領域に立ち入ることを禁じたのです。

「神中心主義」に基づいて哲学が神学から分離した

オッカムの考えをさらに徹底させたのが、宗教改革者マルティン・ルター(16世紀)です。彼は、救いは神の一方的な恵みによって信仰のみで与えられ、理性の働きにはよらないことから、理性が適用できる範囲を世俗世界に限定し、理性(哲学)を信仰(神学)の世界から完全に分離しました。

このように、哲学が神学から分離されたのは、スコラ学者および宗教改革者たちが、信仰(神学)の崇高性を確保するためにとった「神中心主義」によるのです。

しかし常識的な見解では、近代になって人々が「神中心」から「人間中心」に移行したために、哲学が神学から独立し、理性と信仰が住み分けされるようになったとされています。実際はその逆で、信仰を重視する「神中心主義」に基づいて哲学が信仰の世界から切り離され、哲学は世俗化への道を歩み出したのです。

このように「神中心主義」によって、かつては神学の一部として自然を探究した自然哲学が信仰の世界から全く独立した自然科学に変貌する下地が作られたのです。

【まとめ】

  • スコラ哲学は、アリストテレス哲学の論理的な合理性を受け継ぎ、極めて明証で合理的な思想体系であった。
  • それゆえ、スコラ学者は、アリストテレスの合理的な推論の方法を用いてスコラ哲学自体の欠陥を明らかにして、スコラ哲学を崩壊させた。
  • オッカムおよびルターらによって哲学が神学から分離され、近代的な哲学および自然科学への道が備えられたが、それは、「人間中心主義」からではなく「神中心主義」に基づいてなされた。

【次回】

  • スコラ神学者が、数学を自然の探究に応用し、数学を重んじる実験科学の理念を作り出したことを説明します。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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