【科学の本質を探る⑭】複雑系における秩序形成と生命現象(その1)生命体と自己組織化、散逸構造 阿部正紀

2015年11月2日06時46分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回、カオスのような複雑な振る舞いをする複雑系では、創発といって、系を構成する要素の性質に還元できないような新たな性質や秩序が生じることを説明しました。

今回は、複雑系では自然のプロセスで秩序が創発される自己組織化について説明します。特に自己組織化された秩序構造が動的で時間変化する場合には散逸構造と呼ばれます。散逸構造は生命現象と深く関わっていることを、これから3回にわたって明らかにします。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • 生命体は、摂取した食物を代謝して得たエネルギーによって生命という散逸構造を創発している。

自己組織化と散逸構造

系の外部からコントロールされることなく、自然のプロセスだけで自発的に秩序が形成、つまり創発されることを自己組織化といいます。

【科学の本質を探る⑭】複雑系における秩序形成と生命現象(その1)生命体と自己組織化、散逸構造 阿部正紀

さらに、例えば前回紹介した油の層や大気圏で発生するベナールセル(図1)のように、自己組織化された秩序構造が動的で時間変化する場合には、これを散逸構造と呼びます。名称の由来は、外界から注入された特定の箇所(ベナールセルでは鍋の底または地表)に遍在していたエネルギーが系全体を流れて外部に散逸らされ)していくことによって、秩序構造が自己組織化(創発)されることによります。

このように、注入されたエネルギーが外部に散逸している系で動的な秩序構造が創発されることを理論的に解明し、これを散逸構造と命名したのはベルギーのイリヤ・プリゴジンです。この功績によって1977年にプリゴジンにノーベル化学賞が授けられました。

エントロピー増大の法則と散逸構造

ベナール対流はエネルギーの流れによって作られますが、高いエネルギーを持った物質が流れ込むことによって生じる散逸構造もあります。例えば、渦潮(うずしお)は、潮の高低差によって入り江に入り込んだ海水の流れが作り出す散逸構造です。また台風は、湿った空気が常に低気圧の領域に流れ込むことによって作られる一種の散逸構造です。

ベナール対流や渦潮などの動的な秩序構造(散逸構造)が存在している系に注がれているエネルギーおよび物質の供給を止めれば、それまでに存在していた秩序構造が次第に消えていきます。

このように、エネルギーおよび物質の出入りがない系――これを孤立系と呼びます――では秩序が壊されていきます。これが、熱力学で定められている「エントロピー増大の法則」(別名:熱力学第二法則)です。エントロピーとは、無秩序の度合いを表す物理量です。外部とエネルギーや物質をやり取りしない孤立系ではエントロピー(無秩序の度合い)が増大する、すなわち秩序が消滅することが熱力学の基本法則なのです。

プリゴジン以前には、自然界では「エントロピー(無秩序の度合い)増大の法則」が成り立つので、自然に起きる作用では秩序構造は破壊されるだけで、秩序が生み出されることはない、とされていました。

しかし、エントロピー増大の法則は孤立系でのみ成り立つ法則です。外界に対して開放され、しかもエネルギー(および物質)が外部に流れ出ている、つまり平衡状態にない非平衡・開放系では、自然に起きるプロセスで動的な秩序、すなわち散逸構造が作られるのです。この場合、エネルギー(および物質)を外部に散逸させてエントロピーを外部に捨てることによって開放系の内部のエントロピーを減少させて秩序(散逸構造)を作り出しています。

化学反応による散逸構造(BZ反応)と生命現象

化学反応によって生成した物質が散逸構造を作ることが見いだされています。それは、2名の発見者の名前にちなんでベルーソフ・ジャボチンスキー反応(略称:BZ反応)と呼ばれています。

BZ反応は、生物の細胞内で行われる代謝反応(生化学反応)を模しています。これをシャーレー(平皿)で行わせると、反応で生じた物質が拡散(すなわち散逸)して、同心円や渦巻きのような空間的なパターンを描き、それが時間的にリズム振動して散逸構造を生み出します(https://www.youtube.com/watch?v=PpyKSRo8Iecsansyouに公開されている次の動画をご覧ください)。

この反応で生じるパターンは生き物のように自ら増殖します。すなわち、同じパターンが次々と複製されていくのです。それで、シマウマやキリンなどの表皮の模様は、BZ反応によるパターン形成と同様のメカニズムで説明できるとされています。

【科学の本質を探る⑭】複雑系における秩序形成と生命現象(その1)生命体と自己組織化、散逸構造 阿部正紀

通常のBZ反応では、反応生成物が系の内部にとどまるため、その濃度が一定値に達するとリズム振動は停止します。しかし、反応生成物を外部に取り出すように工夫し、さらに反応の材料物質を一定速度で供給し続けるように(非平衡・開放系に)すると、まるで生き物のように化学反応のリズム振動が永続します。

そこで、生命体は、BZ反応系と同じように散逸構造を創発し維持しているシステムであると考えられるようになりました。すなわち、

  • 生命体は、外部から直接または摂取した食物から得たエネルギーによって生命という散逸構造を維持し、その結果発生したエントロピーを排泄物の形で外部に捨てている非平衡・開放系である

とみなされるようになったのです(図2)。

【まとめ】

  • 自然のプロセスで自発的に秩序が形成されることを自己組織化といい、自己組織化された秩序構造が動的である場合には、これを散逸構造と呼ぶ。
  • エネルギーと物質が出入りする非平衡・開放系では、散逸構造が自然のプロセスで創発される。
  • 生命体は、外部から摂取した食物から得たエネルギーを系外に散逸させて生命という散逸構造を創発している非平衡・開放系である。

【次回】

  • 生命現象を創発で捉える概念は、19世紀に発想され、紆余曲折を経て20世紀末に複雑系の科学によって確かなものとされたことを説明します。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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