【科学の本質を探る㉙】中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起 阿部正紀

2016年2月15日15時50分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回は、啓蒙主義者が唱えた中世暗黒説(中世を宗教が科学の進歩を妨げた暗黒時代とする歴史解釈)を科学史家デュエムが批判し、中世暗黒説が崩壊する端緒を開いたことを示しました。

今回は、歴史学者ハーバート・バターフィールドが中世暗黒説を覆したことを説明します。

さらにバターフィールドが、中世にルーツを持つ科学とそれを支える世界観が17世紀に大きく変革して近代科学が成立したと論じ、この変革を科学革命と呼んだことを述べます。科学革命の概念は、現在、広く受け入れられています。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • 現在、学問領域では中世暗黒説は完全に払拭されており、中世暗黒説に立つ歴史学者は皆無である。

勝利者史観(ホイッグ史観)の克服と中世暗黒説の撤回

歴史学者であったバターフィールドは、英国の歴史における「ホイッグ史観」を批判したことで知られています。彼は1940年代に、同様の批判を科学の歴史に対して行い、「科学史における中世暗黒説」を覆しました。

ホイッグ史観とは、過去の歴史を「進歩を担った殊勲者」と「進歩に抵抗した頑迷な人々」に二分して、前者の勝利の物語として記述するような歴史観を指し、「勝利者史観」とも呼ばれています。19世紀にイギリスで、反対勢力のトーリー党との抗争に勝利して議会制度を確立したホイッグ党が、英国の議会制度の歴史を自分たちの勝利の物語として記述したことに由来します。

勝利者による正統史観ともいうべきホイッグ史観では、自派の正統性を主張するために、独断的で手前味噌な記述によって歴史が歪曲されているとバターフィールドは批判しました。彼は、同様の批判を史実に基づいて当時の科学史に向けました。近代科学誕生の歴史が、中世の暗黒時代に教会の迫害と圧迫に屈しなかった英雄が勝利を収めていく物語として記述されている。それゆえホイッグ史観の轍(てつ)を踏んで独断的であると論難して、中世暗黒説を崩壊させたのです。

科学革命の提起

さらにバターフィールドは、中世に行われた科学研究の業績がそのまま累積されて近代科学が生まれたのではないと主張しました。コペルニクスが地動説を唱えた16世紀中ごろから胎動し始め、ケプラー、ガリレイ、ニュートンらが活躍した17世紀に科学とそれを支える世界観が大きく変革して近代科学が誕生したと論じ、この出来事を「科学革命」と呼んだのです。

バターフィールドは、科学革命によって、中世の科学の根底にあったアリストテレスの自然学と世界観が崩壊し、これが機械論的な自然観(第10回)を生み出す出発点となり、18世紀産業革命への道を備えたと論じました。

科学革命の概念は広く受け入れられ、現在では高校の教科書にも記されています。

世界史における科学革命の重要性

さらにバターフィールドは、歴史学者の視点から次のように論考しました。

  • 科学革命によって西欧社会に近代科学が誕生し、その結果、西欧は産業革命を起こして世界の覇者になる道を歩み出した。それゆえ、科学革命はグローバルな影響力を持った大事件である。
  • これに比べれば、ルネサンスや宗教改革は、西欧の内部で起きたコップの中の嵐のようなもの。従って、ルネサンスや宗教改革を近代の始めと考えた啓蒙主義者の時代区分は時代錯誤である。

そもそも中世(4世紀末~15世紀半ば)という時代区分は、啓蒙主義の時代(18世紀)に考え出されました。啓蒙主義者は、ギリシャ文明が栄えた古代を理想とし、古代と栄光の近代(その始まりがルネサンス)の中間にあってギリシャ文明が中断した期間を停滞と不毛の暗黒時代と考えて中世と呼んだのです。

現在、歴史学の分野では、ヨーロッパにおける中世という時代区分は用いられていません。ちなみに、私が調べた範囲では、最新の世界史の検定済み高校教科書17冊の中で、「中世」という言葉が記載されていたのはわずか2冊でした。それも「中世ヨーロッパ文化」、「中世的世界」のように形容詞として使われているだけです。

今日、歴史学の領域では、「かつて中世と呼ばれた時代」はヨーロッパが政治、経済、文化の分野で近代への備えをした重要な期間として評価されています。

現在、学問の領域では中世暗黒説は完全に払拭されており、中世暗黒説に立つ歴史学者は皆無です。

生き残っている中世暗黒説

しかし一般には、現在もまだ中世暗黒説が根強く生き残っているようです。

例えば、19世紀末に中世暗黒説に基づいて書かれた2冊の著書、J・W・ドレイパー著『宗教と科学の闘争史』と、A・D・ホワイト著『キリスト教国における科学と神学との闘争史』の見解をいまだに無批判に受け入れている人が多いようです。

また後者の要約版『科学と宗教との闘争』(森島恒訳、岩波新書、1939年)が広く読まれ、現在でもこの書の内容を肯定している知識人を見かけます。

科学史学の父と呼ばれているジョージ・サートンは、20世紀前半に、「中世が暗黒だというのは、実はわれわれの中世に関する知識が暗黒なのだ」と言っています。

【まとめ】

  • ホイッグ史観(歴史を、進歩的な人々が頑迷な人々の反対に勝利した物語と見なす)を批判したバターフィールドは、同様の批判を当時の科学史に対して行い、中世暗黒説を覆した。
  • バターフィールドは、17世紀に科学とその背後にある世界観が大きく変革して近代科学が誕生した出来事を科学革命と呼んだ。今日、科学革命の概念は広く受け入れられている。
  • 彼は、中世暗黒説に基づく「中世」という歴史時代区分を不適切として退けた。現在、ヨーロッパ歴史学ではこの見解が受け入れられ、中世暗黒説に立つ学者は皆無である。

【次回】

  • 科学史家トーマス・クーンが「パラダイム論」を唱えて、科学を絶対的、普遍的な真理を明らかにしていると考える常識的な科学観を打破し、「科学を相対化する視点」を与えたことを説明します。

※2018年2月4日に内容を一部修正しました。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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