【科学の本質を探る⑫】ニュートン力学からカオス理論へ―決定論的世界観の成立と崩壊(その3)カオス理論の登場 阿部正紀

2015年10月19日07時01分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回、ニュートンは、太陽系が混沌、すなわち今日カオスと呼ばれる状態にならないように神が常に手直ししていると考え、これに反対したラプラスが決定論的世界観を声高に主張したことをお話ししました。

今回は、まずニュートンとラプラスの説を復習してから、カオスが見いだされた経緯を概説してカオス理論の要点を説明しましょう。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • ニュートンの運動方程式のような単純な法則に従う系でカオスが起きることが分かり、決定論が崩壊した。

否定されたラプラスの決定論

【科学の本質を探る⑫】ニュートン力学からカオス理論へ―決定論的世界観の成立と崩壊(その3)カオス理論の登場 阿部正紀

ニュートンは、9つの惑星を持った太陽系の運動を各惑星が1つだけ太陽のまわりを回っていると仮定して、その軌道を計算しました。惑星は太陽の方向に万有引力を受けるので楕円軌道を描きます(図1)。そこでニュートンは、9つの惑星の楕円軌道を単純に足し合わせて太陽系を構成しました。惑星の質量は太陽より非常に小さいので、惑星同士に働く万有引力の相互作用も十分弱いので無視したのです。

しかしニュートンは、惑星の間に働く引力相互作用は弱くても、その影響が長い時間が経つと累積されて大きくなるので、惑星の軌道が乱れて太陽系が混沌状態――今日カオスと呼ばれる状態――になると予感しました。そこでニュートンは、神が常に軌道を修正しているので太陽系は安定していると考えました。

一方、ラプラスは単純化したモデルを立てて、惑星の間に働く引力相互作用は長時間後には平均化されてゼロになるので太陽系は安定していると主張して、決定論的な世界観を広めました。

ところが、ラプラスの理論は誤っていると主張する学者が存在しました。このため、太陽系の安定性を論じることが、数理物理学の分野の重要な課題になったのです。

三体系におけるカオスの発見

この流れの中で、19世紀末に数理物理学者のアンリ・ポアンカレが「三体系」におけるカオスを発見しました(ただし、カオスという名称が生まれたのは20世紀末です)。

【科学の本質を探る⑫】ニュートン力学からカオス理論へ―決定論的世界観の成立と崩壊(その3)カオス理論の登場 阿部正紀

三体系とは、三つの物を要素とするを指します。ポアンカレは、二つの恒星(いわゆる双子星、または連星)の周りを一つの惑星がめぐる三体系(図2)における惑星の運動を解析しました。そして、惑星が「絵に描くことができないほど」極めて複雑な運動をする(すなわちカオスになる)ことを見出しました。現在は、コンピューター・シミュレーションによってこの惑星のカオス軌道が描き出されており、例えばここをクリックして見ることができます。

図2に示したように、三体系の惑星は二つの太陽から万有引力を受けるので、惑星に働く引力の方向が、惑星が運動すると複雑に変わります。このために惑星の軌道がカオスになり、未来予測が困難になるのです。二体系(図1)では厳密解(楕円軌道)が得られるのに三体系では得られずカオスになることを「三体問題」と呼びます。

気象学者に始まるカオス研究

本格的にカオスを研究した先駆者は、気象学者のエドワード・ローレンツです。気象の変化は、大気の対流によって生じるので、ローレンツは対流を研究していました。

1961年にローレンツは、暖められた大気が地上から一定速度で上る上昇気流が乱流(すなわちカオス状態)に転じるメカニズムを明らかにしました(ただしカオスと命名されたのはその10年後の1971年です)。

大気の運動を決めている「流体力学の方程式」は、対流の速度や温度分布などに関する多くの変数を含み非常に複雑です。ローレンツはそれを単純化して、3つの変数に関する方程式(連立偏微分方程式)にまとめることに成功しました。これをローレンツモデルといい、彼はこれを用いて大気の対流を研究したのです。

ローレンツは、当時実用化されたばかりのコンピューターを用いてシミュレーションによってローレンツモデルの解を求めました。そしてカオス状態では気流の未来の状態を予測することが実質的に不可能になることに気付きました。最初の気流の状態(初期条件)をわずか1000分の1ずらしたところ、時間の経過とともに最初のわずかな“ずれ”が次第に拡大され、長時間後には最初の予測から大きく外れてしまうことを見出したのです。

このように、カオス系の状態が初期条件に非常に鋭敏に依存するために予測が事実上困難になることを、ローレンツは「バタフライ効果」と呼びました。一羽の蝶が北京で今日はばたいて空気を乱すと、その影響で何日か後にニューヨークに嵐がやってくるかもしれない、という意味です。長期天気予報が困難なのは、気象現象にカオスが関連しているからなのです。

ローレンツモデルでは、数学的に極端な単純化がなされ、さらに地形の影響や雨が降ることを無視するなど、現実の気象現象からは全くほど遠いのです。それにもかかわらず、ローレンツモデルによって気象現象がカオス的性質を持つことが浮き彫りにされ、長期の気象予報が困難になることが説明されました。

カオスの定義

ローレンツモデルのカオスのみならず、三体系(図2)のカオスでも系の最初の状態(初期条件)のわずかなずれが、長時間後に拡大されるために、系の未来の状態を予測することが実際には不可能になります。そこで、カオスは次のように定義されています。

  • 系が決定論的な法則(ニュートンの運動方程式やローレンツモデルのように初期条が決まれば未来の状態が決まる法則)に従っていながら、系の状態が初期条件に鋭敏に依存するために未来予測が事実上不可能になる現象をカオスという。

カオスが見いだされる以前には、自然界で観測される複雑で乱れた振舞いは、偶然起きる確率的な現象であると考えられていました。ところが、偶然や確率とは無縁な「決定論的な法則」からカオスが生まれ、系が乱雑に振舞うために未来予測が不可能になることが明らかにされたのです。その結果、世界で起きるすべてのことは、法則によって決定することができると考える決定論的な世界観が崩壊しました。

20世紀前半に、量子力学が支配しているミクロ世界では決定論が成り立たないことが見いだされました。なぜなら量子力学の正統的解釈によってミクロ粒子は観測するまでは実在しないとされたからです(第2回)。ところが20世紀後半に発達したカオス理論によって、通常の物体を扱うマクロ世界でも決定論が成り立たないことが明らかにされたのです。

【まとめ】

  • ラプラスの決定論が否定されて、カオス研究が始まった。
  • カオスの定義:系が決定論的な法則に従っているにもかかわらず、系の状態が初期条件に鋭敏に依存するために未来予測が事実上不可能になる現象。
  • カオスによって、量子力学が支配するミクロ世界のみならずマクロ世界でも決定論的な世界観が崩壊した。

【次回】

  • カオスのような複雑な振る舞いをする系――複雑系と呼びます――では、要素の性質に還元できないような新たな性質や秩序が系全体に生じる“創発”と呼ぶ現象が起きることを説明します。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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