【科学の本質を探る⑱】ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存 阿部正紀

2015年11月30日15時17分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回、コペルニクスは観測をほとんど行わず、古代ギリシャ思想の原理に基づいて地動説を唱えたことをお話ししました。彼は49個もの一様な速度で回転する天球を用いましたが、あくまでも計算のための数学的手段にしかすぎませんでした。

今回は、ヨハネス・ケプラー(1571~1630年)が、惑星運動の原因を太陽と惑星の間に働く力に求めて天体の運動を理論的に解明し、天体物理学者の先駆的存在となったことを説明します。しかし彼は、魔術思想とキリスト教思想を結び付けた神秘主義的な世界観に基づいて天体の運行を研究したのです。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • 近代科学の画期的な理論は、観測データだけからは生まれず、科学者の思想(ケプラーの場合は神秘主義思想の世界観)と結び付いて誕生した。

「近代科学の精神」で発見した楕円軌道

ケプラーが惑星の楕円軌道を発見し、「ケプラーの3法則」を見いだした成果は、古代ギリシャ思想の「一様な円運動」の原理(前回)の呪縛を打破した革命的な業績として称えられています。それは、天文学上の大発見のみならず、ニュートンに万有引力を想起させるきっかけになり、近代物理学の発展に寄与した画期的な業績でした。

しかし、実はケプラーは「一様な円運動」の原理にとらわれていたからこそ円軌道を探究し、その結果として円軌道を放棄できたのです。

ケプラーは、彼の師のティコ・ブラーエから受け継いだ正確な観測データに基づいて、火星の円軌道を正確に決めようとして壮絶な努力を重ねました。しかし、どうしても達成できません。円軌道上の計算値が観測データとわずか、すなわち回転角度にして8分(0・13度)だけずれてしまうのです。ケプラーはついに円を放棄して楕円軌道を受け入れました。

観測データと正確に一致する数学的記述を探し求めたケプラーは、まさに観測と数学を結び付けて自然を解明する近代科学の精神の持ち主でした。

「霊」が惑星を動かす天体モデル

しかしケプラーは、この後で述べるように、神秘主義思想を抱いていたので、太陽から放射される「駆動霊」が惑星を動かしている、と唱えました。その後ケプラーは、「駆動霊」を「駆動力」という言葉で置き換え、惑星を動かす原理を神秘的なものから「物理的な力」に換えました。ケプラーは、惑星が運動する原因を論じる天体の「物理学的モデル」を史上初めて提起したのです。

プトレマイオスやコペルニクスの天体モデルは、観測事実を説明するための数学的モデルにすぎませんでした。ケプラーはこの限界を打破し、天文学と物理学を結び付け、天体の運行の原理を探究する「天体力学」という新しい学問分野を切り開いたのです。

ただしケプラーは、霊の力を考える神秘主義から完全には抜け出していませんでした。「駆動力」を考えた後も、「世界に生命を与え万物を動かしている太陽はその内部に霊魂を持っている」と述べています。

ルネサンスの後期に生きたケプラーには、神秘主義思想と近代科学の精神が共存していたのです。

ケプラーが追い求めた「宇宙の神秘的な調和」

ケプラーが活躍した17世紀のころ、天文学者はすなわち占星術者でした。ケプラーも占星術で生計を立てており、自分の誕生や生活に、星の運行が直接影響すると信じていました。

ケプラーの師ティコは、占星表(ホロスコープ)の精度を上げるために天体観測を行いました。ティコがデンマークの王に建ててもらった城塞型の天文台では、夜間に天体観測が行われました。昼間は、地下の大規模な実験室で、「地上の天文学」すなわち錬金術の研究がなされていました。

ケプラーはプロテスタントとして終生キリスト教信仰を持ち続け、それを神秘思想と結び付けました。彼はまだ若いころ、地動説をキリスト教の三位一体説と結び付けて、中心の太陽に「父なる神」を、惑星を動かす天球に「キリスト」を、天球の間を満たしている空間に「聖霊」を当てはめています。

さらにケプラーは、当時流行していた神秘思想の新プラトン主義を信奉していました。新プラトン主義では、宇宙には数学的な調和が存在すると考えられています。ケプラーはそれを、新プラトン主義に取り入れられていた「数の神秘主義」に基づいて説明しました。

すなわち、世界には5種類の正多面体が存在することに対応して、宇宙ではこれらの正多面体に6つの惑星の天球が内接と外接を繰り返して、「入れ子」構造をしていると唱えたのです(図1)。

ケプラーは、これらの天球の軌道が天上界で妙なるハーモニー(和声)を奏でていると主張しました。そして彼は、天上界の惑星の軌道に整数比の秩序を求め、軌道が完全5度(2:3)の音程を奏でているという奇妙な音楽論から、「ケプラーの第三法則」(公転周期の2乗は平均半径の3乗に比例する)を見いだしました。

ケプラーの「現代的な地動説」は、今日の科学の観点からはおよそナンセンスで神秘主義的な珍説と結び付いていたのです。

神の栄光のために自然を探求したケプラー

新教徒であったケプラーは、初め神学を学びましたが、途中で天文学に転じました。先ほどの天球の入れ子構造(図1)を見いだしたとき、彼は歓喜して、その喜びを恩師にあてた手紙で次のように伝えました。

「私は、これを発表しようと思います。自然という書物の中において認められることを望みたもう神の栄光のために。・・・私は、神学者になるつもりでした。私の心は、長い間落ち着きませんでした。しかし、今こそ天文学においても、神に栄光を帰すことができたのです」

ケプラーは、牧師を志しながらも天文学に転じたため、心に平安が得られませんでしたが、この天文学上の発見によって、神に栄光を帰すことができたと大喜びしたのです。「自然」という被造物の書物を解明することに、聖書そのものを解き明かす牧師の務めにも劣らない価値を見いだして満足したのです。

ルネサンス時代になって宗教的束縛から自由にされ、自然をありのままに見つめるようになった人々が近代科学を築いた、と多くの人々が考えています。しかし、ケプラーもコペルニクス(第17回)ニュートン(第10回)と同じく、ルネサンス期に流行した神秘主義思想とキリスト教信仰を結び付けて自然を探求したのです。

近代科学の画期的な理論は、観測データだけからは生まれず、科学者の世界観と結び付いて誕生したのです。

【まとめ】

  • ケプラーは、観測データと精密に一致する数学的記述を必死に探究して、楕円軌道を発見した。
  • それは、古代ギリシャ思想の原理(一様な円運動)の呪縛を打破し、ニュートンによる万有引力の発見に寄与した画期的な業績であった。
  • しかしケプラーは惑星の運動の原因に魔術的な力を考え、宇宙に神秘的な数学的調和を探究した。彼には、神秘主義思想と近代科学の精神が共存していた。

【次回】

  • ガリレイ裁判は、宗教と科学の争いではなかったことを明らかにします。

※2019年8月28日に内容を一部修正しました。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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【関連記事】あなたは創造論?進化論? 教会で東工大名誉教授と語るティーサロン(第6回「東工大名誉教授と語り合うティーサロン」)

■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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