【科学の本質を探る㉕】中世スコラ学者による近代科学への貢献(その1)哲学の自律性を確保し自然の探究を勧めたトマス・アクィナス 阿部正紀

2016年1月18日14時19分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回は、古代の教父アウグスティヌスが、ギリシャ哲学の二元論的な世界観に基づいて、神は法則を通して間接的に世界を支配すると唱えたことが、近代科学に特有の機械論的な自然観の萌芽となったことをお話ししました。

今回は、教父の思想を引き継いだ中世のスコラ学者が、古代ギリシャの哲学をイスラム社会から西欧社会に逆輸入したことを説明します。さらに、スコラ哲学を体系化したトマス・アクィナスが、信仰と理性の衝突を避ける近代的な合理的思想の枠組みを作って、自然科学が西欧で発展する基礎を築いたことを明らかにします。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • スコラ哲学を完成したトマス・アクィナスは、哲学の自律性を確保するとともに、自然の探求を勧めた最初の近代的思想家であった。

スコラ学者によるアリストテレス哲学の逆輸入

12世紀にスコラ学者は、イスラム世界から、古代ギリシャの哲学(アリストテレスがその主体)を西欧に逆輸入しました。その経緯は次の通りです。

イスラム教徒は、東ローマ帝国に侵入して以来、ギリシャの哲学と自然学(自然科学)を受け入れました。さらにペルシャやインド、中国など世界各地で生まれた自然科学を積極的に取り入れ、11世紀にはアラビア科学といわれる高度な科学にまで発展させました。しかし、西欧社会はアラビア科学に接する機会がありませんでした。

イスラム教徒の支配はイベリヤ半島(現在のスペイン)にまで及んでいましたが、12世紀にキリスト教徒によって敗退させられました。その時に残されたギリシャ哲学とアラビア科学に関するアラビア語の文献を、スペインやイタリアのスコラ学者たちが学び、ラテン語に翻訳しました。これによって、アリストテレスの哲学と諸学が、新たな装いをこらして西欧世界に逆輸入されたのです。

ところが、アリストテレスの自然学は余りにも理論整然としていたので、当時の人々は、アリストテレスの合理的な自然観は、まるで神が働く余地がない無神論だ、と感じるほどでした。

さらにアリストテレスの体系には、「世界の時間は永遠に続く。人間の霊魂は死後消滅する」など、当時の正統的なキリスト教の教義に反する見解が含まれていたので、危険思想として非難されました。

哲学の自律性を認めたトマス・アクィナス

このような対立を避けて、信仰と理性の調和を図ったのが、最大のスコラ学者トマス・アクィナス(13世紀)です。彼は、アリストテレスの学問は、人々が経験できる客観的な領域でのみ有効であり、信仰の世界には別の原理が成り立っていると説きました。

しかしトマスは、信仰と理性、あるいは神学と哲学を全く別世界のものとして切り離したのではありません。神学を実り豊かにするには、優れた哲学が必要であり、そのためには、哲学が、何にも依存せず、また制約されずに探求されるべきであると考えました。すなわち哲学の自律性(独りでやっていくこと)を認めたのです。

トマスは、救いに関わる霊的な事柄は、理性による哲学的な探求では不十分であり、神からの啓示によらなければ悟ることができないと唱えました。そして、哲学は、自分の家(経験の世界)にいるときには全く自由でも、神学の家で勤めるときには、主人のようにふるまってはならず、奉仕者(はしため)としての立場を守らなければならない、と説きました。これは古代の教父の見解(第23回)を踏襲しています。

トマスは、哲学は信仰の世界の光に照らされて輝きを増し、神学の中に組み込まれて初めて完成されると考えました。このことを、トマスは、「恩寵(注:神から与えられるもの、信仰)は自然(注:この世に存在するもの、哲学)を完成する」という有名な言葉で表現しました。

このようにトマスは、哲学の自律性を確保するとともに、哲学は神の恩寵を受け、高められて神学の探求を助けるべきであるという立場から、アリストテレス哲学をキリスト教神学と折衷して、スコラ哲学の体系を完成したのです。

自然の探求を奨励したトマス

「恩寵(信仰)は自然(哲学)を完成する」と述べたトマスは、哲学の一部であった自然学によって自然を理解することによって、神をより深く理解して神を賛美することができると説き、自然の探求を奨励しました。従って、中世のヨーロッパでは、自然の探求がおろそかにされ抑圧された、という俗説は修正されねばなりません。

ただし、今日のように自然科学が学問として独立していたのではなく、神の計画と意思をより深く理解するために、スコラ学者は自然を探求したのです。トマスも、自然を直接観測するのではなく、思弁によって自然を探求しました。

哲学の自律性を確保して、自然の探求を勧めたトマス・アクィナスは、最初の近代思想家であったということができます。

【まとめ】

  • スコラ学者は、12世紀に翻訳事業を通じてイスラム世界からギリシャ哲学(アリストテレスが主体)を西欧社会に逆輸入するとともに、アラビア科学を西欧に紹介した。
  • トマス・アクィナスは、哲学は神学の探求を助けるべきであるという立場から、アリストテレス哲学をキリスト教神学と折衷して、スコラ哲学の体系を完成した。
  • トマスは信仰と理性の衝突を避ける近代的な合理的思想の枠組みを作って、自然科学が発展する基礎を築いた。

【次回】

  • スコラ学者が、スコラ哲学の欠陥を見抜いてスコラ哲学を崩壊させるとともに、哲学を神学から分離していったことによって近代的な哲学と自然科学への道が備えられたことを明らかにします。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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