【科学の本質を探る⑰】コペルニクスの実像―地動説は失敗作 阿部正紀

2015年11月23日07時44分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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今回から、科学史家によって明らかにされた近代科学の先駆者たちの業績と人物の意外な真相を明らかにして、科学の本質を探ります。

まず、地動説を唱えたニコラウス・コペルニクス(1473~1543)から始め、次回以降にケプラーとガリレイを取り上げます(ニュートンは第10回で取り上げました)。

一般に、コペルニクスは、① 迫害を恐れて地動説を死ぬ直前に発表した、② 自ら観測して得たデータと合理的な考えに基づいて地動説を提起し、③ 天動説よりも単純で正確な天体モデルを提供した、と考えられています。しかし、このような見解は全てくつがえされていることを明らかにしましょう。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • コペルニクスの地動説はローマ教皇から絶賛されたが、失敗(プトレマイオスの天動説より天球の数が増えた)を恥じたコペルニクスが出版を遅らせた。

迫害されず、絶賛された地動説

コペルニクスは、教会から迫害されることを恐れ、地動説を著した書物『天球の回転について』を臨終の間際(まぎわ)にやっと出版したと、従来考えられていました。しかし、これは史実と異なります。

カトリック教会は、「仮説」として提示するならば、どんな理論の研究をも許すことによって、「学問の自由」を認めてきました(本シリーズで後ほど説明します)。この慣わしに従いコペルニクスは、地動説を数学的仮説、特に暦を作る上で役立つ仮説として提起していました。

それゆえ、コペルニクスが教会から弾圧された形跡は全くありません。それどころか、コペルニクスの地動説は教会の要人から絶賛され、教皇の命を受けた枢機卿が出版を勧め、費用を負担すると申し出ました。

ところがコペルニクスは、自分の地動説が失敗であったこと(この後で説明します)を恥じて出版を遅らせたのです。また彼は、大空を太陽が動くと信じている人々から嘲笑されることを恐れていました。これが、出版をためらったもう一つの理由でした。

地動説の失敗を恥じたコペルニクス

古代ギリシャのプトレマイオスが完成した天動説では、「天球」と呼ばれる球殻に惑星が固定され、天球の回転によって惑星の運動を説明します。

【科学の本質を探る⑰】コペルニクスの実像―地動説は失敗作 阿部正紀

地球と惑星が太陽の周りを回転しているので、地球から見た惑星は急に逆行するなど複雑な動きをします。この動きを再現するためにプトレマイオスは、惑星は小さい天球に固定されその回転によって「周転円」と呼ばれる小円を描き、その中心が大きな天球の回転によって「導円」と呼ばれる大円を描くとしました(図1)。

実際には、地球が自転するとともに地軸が傾いて回転しているので(いわゆる歳差運動)、さらに多くの回転円、つまり天球が必要になります。その結果、プトレマイオスの天動説モデル全体では、43個の天球が用いられています(高橋憲一訳・解説『コペルニクス・天球回転論』みすず書房[1993年]138ページ、ただし、月と恒星を含み、地球の自転に由来する日周運動のための天球を含む)。

一方、地動説では、地球の自転に由来する惑星の日周運動を省略できるので、天球の数を減らせると期待できます。コペルニクスは、「自分の地動説モデルによって天球の総数をプトレマイオスの天動説より大幅に減らして単純化することに成功した」と書いた小冊子を予告編として出版しました。ところが、その後、天球の数を減らすどころか増やす結果になりました。この失敗を恥じてコペルニクスは出版する気になれなかったのです。

コペルニクスが用いた天球は49個でした(前掲書191ページ)。天球の数だけでいえば、コペルニクスの地動説はプトレマイオスの天動説(43個)より複雑だったのです。ところが、コペルニクスがプトレマイオスの用いた天球を過大に数え、自分の天球の数を過小に予告したのをほとんどの科学史家が鵜呑みにし、「コペルニクスは天球の数を80から34に減らした」と記述してきました。このためコペルニクス体系はプトレマイオス体系よりも天球の数に関する限り単純化されている、と誤解されてきたのです。

古代ギリシャ思想に忠実であったコペルニクス

【科学の本質を探る⑰】コペルニクスの実像―地動説は失敗作 阿部正紀

古代ギリシャ思想では、至高なる天上界を運行する惑星は、「完全な図形」である円の上を一様な速度で動くとされていました。古代のギリシャ人は、円は初めも終わりもないゆえに完全である、天上界は地上界と異なり変化が存在しないので一様な速度で動く、と考えていたのです。

ところがプトレマイオスの天動説では、導円の上の回転速度は一様ではありませんでした(図1)。そこでコペルニクスは、さらに小さな「小周転円」を追加することによってこれを是正し、全ての回転円上の運動速度を一様にしました(図2)。

コペルニクスは、「一様な円運動」という古代ギリシャ思想の原理に忠実な宇宙モデルの構築を目指していました。そこで彼は、古代ギリシャの哲学者および自分と同時代のレオナルド・ダ・ビンチなどが論じていた地動説を取り入れて、「一様な円運動」に基づく宇宙モデルの可能性を追求したのです。

キリスト教思想を古代思想と結び付けたコペルニクス

コペルニクスは、カトリック教会の司祭を務めたことがあり、大きなカトリック聖堂に属する地域の行政を行う聖職者としての仕事のかたわら天文学の研究を行いました。

コペルニクスは『天球の回転について』の教皇への献辞の中で、自分が探究している天文体系を、「最も完全な芸術家(注:神)によってわれわれのために作られた宇宙の機構の運動の正確な説明」と呼んでいます。このようなキリスト教的な世界観を抱いていたコペルニクスは、古代ギリシャ哲学の「一様な円運動」の原理に完全に従う天体モデルを作ろうとしたのです。従来から言われているように、天体観測データが増えた結果、旧来の天動説では説明がつかなくなったので地動説を思いついたのではありません。

コペルニクスは、『天体の回転について 』の中で次のように述べています。「ある人々は太陽を宇宙の瞳(ひとみ)とよび・・・さらに宇宙の支配者とよんでいる・・・トリスメギストス(注:錬金術の祖)は見える神とよんだ。太陽は王様の椅子にすわり、とりまく天体の家来を支配している」

コペルニクスが生きたルネサンス時代には神秘主義思想「新プラトン主義」が流行していました。新プラトン主義では、太陽は神的な存在、宇宙の王として礼賛されています。このような神秘主義的な太陽礼賛思想に言及することによって、彼は自分の地動説(太陽中心説)を人々に受け入れやすくしてアッピールしたのです。

観測をほとんど行わなかったコペルニクス

コペルニクスは天体観測をほとんど行っていません。『天球の回転について』で用いた彼自身の観測データはたった27しかありません。その他の膨大なデータはすべてプトレマイオスなどの古代の観測資料を用いました。

ところが、20世紀末に出版された検定済み高校教科書に、「コペルニクスは、観測と計算によって・・・『地動説』を提起した。それは・・・観測による実証性と数学的な合理性をそなえた、近代科学の出発点として、その意義はきわめて大きいものであった」と書かれていました(『現代の倫理―四訂版』56ページ、一ツ橋出版[1992年])。

なぜ一般人のみならず、教科書を書くような知識人までもが誤解したのでしょうか。それは、自分たちが知っている地動説は観測事実で裏付けられた合理的な科学的理論だから、誕生した当時からそうであったに違いない、という思い込みによるのです。

科学は、観測データが集められ、それに合理的な考察が加えられることによって進歩してきたと考える常識的な見解は、少なくともコペルニクスの地動説では当てはまりません。コペルニクスは、ほとんど従来のデータを用い、古代ギリシャ思想の原理(一様な円運動)に基づいて地動説モデルを構築し、神秘主義思想(太陽霊礼賛)と結び付けて人々に訴えました。自然科学といえども、自然探究する人たちの哲学や世界観と深く関わり合って進歩してきたのです。

【まとめ】

  • コペルニクスは迫害されなかった。教皇から地動説を出版するよう勧められたが、失敗作であった(天球の数を増した)ことを恥じて出版を遅らせた。
  • 彼はキリスト教的な世界観を抱き、古代ギリシャ思想の原理(一様な円運動)に基づいて地動説モデルを作り、当時流行していた神秘主義思想(新プラトン主義)の「太陽礼賛」と結び付けて人々にアッピールした。
  • 彼は観測をほとんど行っていない。科学は、観測データが集められ、合理的な考察によって発達してきたと考える常識的な見解は、修正すべきである。

【次回】

  • ケプラーが神秘主義思想から「ケプラーの3法則」を見いだしたことを説明します。

※2017年11月20日に内容を一部修正しました。
※2019年8月28日に内容を一部修正しました。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

【お問い合わせ】阿部正紀先生の連載コラム「科学の本質を探る」に関するご意見・ご質問は、メール(info@christiantoday.co.jp)で承っております。お気軽にお問い合わせください。

【関連記事】あなたは創造論?進化論? 教会で東工大名誉教授と語るティーサロン(第6回「東工大名誉教授と語り合うティーサロン」)

■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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