【科学の本質を探る③】量子力学をめぐる世界観の対立(その2)論争に敗れたアインシュタイン 阿部正紀

2015年8月17日16時00分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷

前回は、電子などのミクロ粒子は観測するまでは実在しないとする「反実在論」的な解釈が、キルケゴールの実存主義哲学を信奉するボーアによって提起され、量子力学の正統的解釈になっていることをお話ししました。実在論的な世界観に立つアインシュタインがこれに反対し、論争がいまだに決着していません。

今回は、アインシュタインが論争に敗れましたが、論争から量子力学が進歩したことを説明します。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • 科学の革新的な進歩は、世界観と結び付いてなされる。

アインシュタインとボーアの論争――量子力学は不完全か

アインシュタインは最初、量子力学は間違っていることを示そうとしました。ところが、ことごとくボーアによって論破されました。

そこで、アインシュタインは作戦を変えました。量子力学は、たとえ現象を説明できても不完全な理論である、と主張したのです。彼は、次のように論じました。

量子力学をめぐる世界観の対立(その2)論争に敗れたアインシュタイン
二つのミクロ粒子が示す遠隔作用(アインシュタインの主張)または遠隔相関(ボーアの主張)

量子力学によれば、二つのミクロ粒子が強く結び付いた後、互いに遠く離れた場合、片方の粒子に関して一つの物理量(例:運動量=質量×速度)を測定した瞬間に、他の粒子のその物理量が特定の値に定まる。つまり、たれた二つの粒子の間に瞬時に届く相互作用――遠隔作用――が働いて片方の測定結果を知らせたことになる。これは、テレパシーのように瞬間的に(時間ゼロで)遠くに伝わる遠隔作用は存在しないとされている自然科学の基本原則に反する。従って、量子力学は科学理論として不完全である。

これに対して、ボーアは、次のように反論しました。アインシュタインが実在論の立場からミクロ粒子が確定した物理量を持った粒子として実在すると考えるから、このような不都合(遠隔作用)が働くように見えるに過ぎない。実際には、観測によって二つのミクロ粒子が互いに関連した(すなわち相関した)物理量を持つのであり、別に両粒子の間に遠隔作用が働くわけではない。

つまり、たれた二つのミクロ粒子が相関した――すなわち「遠隔相関」した――物理量を観測によって持つようになると唱えたのです。

この時、アインシュタインは、ボーアが唱えた遠隔相関を“幽霊のように気味が悪い相関”とからかい、そのようなものが存在しない理論を作るべきだと反論しました。するとボーアは、観測とは無関係に物理量が実在していると考える従来の実在論的な世界観では、ミクロ世界の自然現象を理解できないと一蹴しました。

論争に敗れたアインシュタイン、しかし・・・

アインシュタインの死後、皮肉なことに、彼の主張の正しさを示そうとした学者たちによって、彼が否定した遠隔相関が実際に存在することが理論および実験によって実証されました。アインシュタインはボーアとの論争に敗れたのです。

その後、上図に示したように、固く結ばれた二つの粒子の間に遠隔相関が存在する現象は「量子もつれ」(または「量子からみ合い」)と呼ばれるようになりました。さらに「量子もつれ」現象に関する研究から、ミクロ粒子の振る舞いは、人間がミクロ粒子について知り得る情報と深い関わりがあることが明らかにされました。その結果、「量子もつれ」を応用して、既存のコンピュータをはるかに上回る超高性能の「量子コンピュータ」などの最先端技術を開発する「量子情報工学」という新たな学問分野が近年誕生したのです(次回説明します)。

アインシュタインとボーアそれぞれの貢献

量子力学が大成功を収め、実用上は何の問題もないにもかかわらず、アインシュタインは量子力学を不完全だと考え、完全な理論を終生探究し続けました。それはアインシュタインが、スピノザの審美的な哲学を信奉し、ミクロ粒子の挙動も完全に理解できるはずであるという実在論的な信念を抱いていたからです。

一方ボーアは、キルケゴールの実存主義哲学に傾倒して、ミクロ粒子の振る舞いを知ることを断念すべきと考えました。そして、アインシュタインが投げ掛けている哲学的な難問に若い研究者が取りつかれないで、量子力学の正統的解釈を受け入れて研究を推進するように勧めました。そのおかげで量子力学が大いなる成功を収め、様々な応用技術が花開いたのです。

さらに、アインシュタインが執拗に反対したことによって量子もつれ現象が発見され、量子情報工学という最先端の学問領域が生まれました。

全く異なる世界観に基づいてアインシュタインとボーアが論争したことから、自然に対する理解が深まり、最先端の科学と技術が生み出されました。科学の革新的な進歩は世界観と結び付いてなされるのです。

【まとめ】

  • アインシュタインは、量子力学は現象を説明できても実在論的な世界観に逆らっているので不完全な理論だと主張し、ボーアは、反実在論の立場からこれに反論した。
  • アインシュタインの死後、ボーアの主張の正しさが実証され、アインシュタインは論争に敗れた。
  • しかし、アインシュタインが反対したからこそ、遠隔相関という概念が生まれ、実証され、それを応用する最先端の学問領域(量子情報工学)が誕生した。

【次回】

  • 量子力学論争から量子力学の「多世界解釈」という奇想天外な説が提起され、これに触発されて「量子コンピュータ」という最先端技術が生まれたことを紹介します。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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