【科学の本質を探る⑩】ニュートン力学からカオス理論へ―決定論的世界観の成立と崩壊(その1)ニュートンは「機械論的自然観」に反対した神秘主義者 阿部正紀

2015年10月5日06時49分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回までに、インフレーション・ビッグバン宇宙論が抱えている謎についてお話ししました。

今回から、ニュートン力学から「機械論的自然観」(すべての自然現象は機械のように力学法則に従うと想定する)が生み出され、そこから「決定論的世界観」(すべての現象の未来が決定されていると考える)が誕生したことを説明します。そして、20世紀にカオス理論が登場したことによって崩壊した経緯を明らかにしましょう。

最初に、ニュートンが機械論的自然観の生みの親と考えられている通俗的な見解は、科学史家によって覆されていることを示します。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • ニュートンは神秘主義者であり機械論に反対していたが、後継者たちが彼を“機械論者”に祭り上げた。

機械論者に祭り上げられたニュートン

アイザック・ニュートン(1642~1727)は、万有引力の法則を発見して力学を体系化し、天上界の惑星の運行も、地上界の物体の運動も見事に説明しました。ニュートンの力学が発展して、やがてすべての自然現象は、原と結の連鎖、すなわち因果律によって合理的に理解できるという観念が生まれました。

その結果、自然は神によって支配されているのではなく、力学の法則にしたがって動く機械のようなものと考える機械論的自然観が芽生えたのです。このため一般に、ニュートンは機械論的自然観をもたらして近代科学の礎(いしずえ)を築いた合理主義者と考えられています。

しかし、ニュートンの力学を合理主義の勝利とみなしたのは、反宗教的な感情を抱いていたディドロなど18世紀の啓蒙主義者でした。彼らは、「ニュートン力学」から、神秘的な要素を取り除いて、機械論的な世界観の根底にある「ニュートン力学」へと発展させたのです。

啓蒙主義者たちは、力学から神を完全に締め出し、引力を単に物質間に働く機械的、物理的な力とみなしました。その結果、機械論的自然観が、ニュートンの意に反して生み出されたのです。

このためニュートンは機械論の創始者であり、宗教的な束縛から解放されて近代科学を確立した合理主義者と誤解され、今日に及んでいるのです。

神秘思想から万有引力を発想したニュートン

ニュートンは、創造者である神が宇宙の隅々にまで遍在して、すべての現象を絶えず検知して、常に自然界に手直しをしている、という動的で神秘主義的な自然観を抱いていました。

さらに、ニュートンは錬金術を実践していました。錬金術は物質の完成(金に転じる)のみならず、霊魂の完成を目指す神秘主義の側面を有していました。そこでニュートンは、「宇宙の万物が共感して互いに引き合う」という錬金術の神秘思想から万有引力を発想したのです。そして、万有引力をキリスト教の神と結び付け、宇宙に遍在している神が引力を働かせていると考えたのです。

経験論哲学に従ったニュートン

ニュートンは、この神秘思想に由来する概念を数式(万有引力の法則)で表し、観測事実で実証することによって近代的な「引力」や「力」の概念へと変えました。彼は、引力の本質や原因について議論することをさしひかえ、観測によって引力の法則が存在することを示せば十分である、と述べました。

このようにニュートンは、観測事実――すなわち経験――だけに基づいて引力を定式化しました。これは彼が、経験を素材として知識に到達することを目指す「イギリス経験論哲学」の伝統に従っていたことを示しています。

神の栄光を求めたニュートン

しかし、神秘思想から引力を着想した彼の本当の目的は、引力の根源的な理由を神に求めることによって、科学が発達しつつあった新しい時代を機械論的な無神論から擁護することにありました。

『光学』という著書の中でニュートンは、「自然哲学(注:自然科学)の主要な任務は・・・ついにはもちろん機械的でない第一原因に到達することである」と説いています。

ここで用いられている「第一原因」は、西欧で神(創造主)を表す言葉です。ニュートンは、自然が“機械論的”にではなく、神の手によって統治されていることを示そうとしたのです。

またニュートンは、自然の中に表された完全さを探求することによって、万物を造り支えている神の栄光を称えようとしました。彼は、力学を体系化した著書『プリンキピア』で次のように宣言しています。

「その完全さのゆえに神を賛美し、その優勢のゆえに神を敬い崇める。・・・かくて自然現象によって神を論じることこそ、自然哲学(注:自然科学)のしごとである。」

【まとめ】

  • ニュートンは錬金術の神秘思想とキリスト教の神を結び付けた神秘主義者であり、自然科学の目的は神の栄光を表すことにあると唱えた。
  • ニュートンは、機械論に反対したが後継者によって機械論の創始者に祭り上げられたために、合理主義者であると誤解されてしまった。
  • ニュートンは錬金術の神秘思想から万有引力を発想したが、観測事実(経験)だけに基づいて引力を定式化して、「イギリス経験論哲学」の伝統に従った。

【次回】

  • ニュートンの考えに反対したラプラスが機械論に基づいて決定論的な世界観を広め、その後、決定論が衰退したことを説明します。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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【関連記事】あなたは創造論?進化論? 教会で東工大名誉教授と語るティーサロン(第6回「東工大名誉教授と語り合うティーサロン」)

■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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