【科学の本質を探る㉔】近代科学の基本理念に到達した古代の神学者(その2)最大の教父アウグスティヌスの思想 阿部正紀

2016年1月11日14時44分 コラムニスト : 阿部正紀 印刷
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前回は、古代アレクサンドリアの教父たちが、ギリシャ哲学の二元論的な世界観(天上界と地上界では別の法則が支配している)を打破して、宇宙のどこでも同じ法則が成り立っており、それを人間が理解できると唱えたことを説明しました。教父たちは近代科学の基本理念に到達していたのです。

今回は、最大の教父、アウグスティヌスが、ギリシャ哲学の二元論的な世界観に逆戻りさせるとともに、近代科学が成立する上で重要な役割を果たした思想を展開したことを明らかにします。

【今回のワンポイントメッセージ】

  • アウグスティヌスが、ギリシャ哲学の静的な世界像に基づいて、神は、自らは動かず、法則を通して間接的に世界を支配すると考えたことから、近代科学に特有な機械論的な自然観の萌芽が作られた。

ギリシャ哲学の世界観に逆戻りしたアウグスティヌス

アレクサンドリアの教父たちは、無から時間と空間を創造された神は、時間や空間に制約されず、全く自由に世界に働き掛けることができると考えました。このような動的な世界観は、ギリシャ人の静的な世界観――神はただ座して自分を見つめて瞑想しており、時々しか世界に干渉しない――を根底から覆したのです。

ところが、教父の思想の完成者といわれるアウグスティヌス(4~5世紀)は、アレクサンドリアの教父たちの動的な世界観から逆戻りして、ギリシャ哲学の二元論に基づく静的な世界観をキリスト教と融合させました。

その結果、世界に自由に働き掛ける動的な神が「不動動者」――自らは不動のまま、アリストテレスの自然学の原理やプトレマイオスの天動説に従って間接的に世界を動かす動者――に置き換えられました。

機械論的自然観への道を備えたアウグスティヌス

しかし、神は不動のまま世界を動かすというアウグスティヌスの思想から、法則に従って全ての事象が機械的に起こると考える近代科学に特有の「機械論的な自然観」が芽生える下地が作られました。

ところで、神が法則に従って世界を支配しているのであれば、人間は自由意思を持てないことになるのではないか、と懸念されます。これに対してアウグスティヌスは、「人間は自由に意思を働かせて行動するが、自由意思に基づいて人間が何を選択するかを神は知っている。これこそが神の全能な能力である」と答えました。

このようにしてアウグスティヌスは、人間の自由意思と神の絶対的支配の問題を解決して、キリスト教信仰を「法則によって支配される世界」という機械論的な世界観の概念と両立させました。

近代科学の根底にある機械論的な自然観の萌芽は、古代の教父アウグスティヌスにさかのぼれるのです。

直線的時間と進歩の思想

【科学の本質を探る㉔】近代科学の基本理念に到達した古代の神学者(その2)最大の教父アウグスティヌスの思想 阿部正紀

ギリシャ人は、世界に終末が訪れた後、再び創造が行われ、時間は永遠にわたって循環すると考えました。つまり円環的な時間の概念を抱いていました。

これに対し、アウグスティヌスなどの教父たちは、直線的な時間の観念を提起しました(図1)。すなわち、神は創造の時に時間を創造し、その時から世界は創造された目的に従い完成(終末)に向かって一方向的に進む、というユダヤ・キリスト教的な直線的な時間の観念を樹立したのです。これによって、ギリシャ思想の円環的な時間の観念が打破されました。

この直線的時間の観念は、やがて、18~19世紀に、神の手によらずとも、人間のわざ、すなわち科学によって世界が限りなく進歩して完成に近づくという“進歩の思想”を生み出しました。進歩の思想と結び付いた直線的な時間の観念は、キリスト教的な史観に立つ人々のみならず、キリスト教に反対する啓蒙主義の進歩史観や、マルクス主義の唯物史観の中にすら形を変えて忍び込んでいます。

占星術と魔術を否定したアウグスティヌス

アウグスティヌスの神学では、世界で起こる全ての出来事は、神にその原因が求められます。それゆえ彼は、占いや魔法(人間が自然を超自然的に支配する行為)を厳しく禁じている旧約聖書の教えに従って、占星術や魔術を退けました。ここから、西欧の正統的キリスト教で魔術を厳しく退ける伝統が作り出されました。

しかし、実際には魔術は根絶されることなく、正統的なキリスト教思想の対抗文化として存在し続けました。また、天文学者は占星術で生計を立てていました。コペルニクス、ケプラー、ニュートンなど近代科学の先駆者たちが魔術的な神秘思想とキリスト教的な世界観を結び付けて自然を探求したことは、第21回で説明した通りです。

その後、18世紀にヨーロッパで魔術と神秘主義思想から脱却して近代科学が完成しましたが、その際に、聖書に立脚したアウグスティヌスの魔術否定の見解が重要な役割を果たしたのです。

【まとめ】

  • アウグスティヌスは、アレクサンドリアの教父たちの動的な世界観から、ギリシャ哲学の二元論に基づく静的な世界像に逆戻りさせ、神は法則によって間接的に世界を支配していると唱えた。
  • このようなアウグスティヌスの思想が、近代科学の根底にある機械論的な自然観の萌芽になった。
  • 教父たちが「直線的な時間」の観念を唱え、またアウグスティヌスが魔術を退けたことによって、18世紀に魔術と神秘主義思想から脱却して近代科学が完成する備えがなされた。

【次回】

  • 教父たちの学問を継承した中世のスコラ学者が、信仰と理性の衝突を避ける近代的な合理的思想の枠組みを作って、自然科学が発展する基礎を築いたことを説明します。

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)

東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

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【関連記事】あなたは創造論?進化論? 教会で東工大名誉教授と語るティーサロン(第6回「東工大名誉教授と語り合うティーサロン」)

■ 科学の本質を探る

アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作
ケプラーの実像―神秘主義思想と近代科学の精神が共存
⑲-㉒ ガリレイの実像 (その1)(その2)(その3)(その4)
㉓-㉔ 近代科学の基本理念に到達した古代の神学者 (その1)(その2)
㉕-㉗ 中世スコラ学者による近代科学への貢献 (その1)(その2)(その3)
中世暗黒説を生み出したフランシス・ベーコンの科学観とその崩壊
中世暗黒説の崩壊と科学革命の提起
㉚-㉛ 常識的な科学観を覆したパラダイム論 (その1)(その2)
㉜-㉟ 脳科学の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)
㊱-㊶ 生物進化論の未解決問題 (その1)(その2)(その3)(その4)(その5)(その6)
科学の本質と限界

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