関西弁を話すペトロを筆頭に、イエスの言っている言葉はよく分からないと、あっけらかんと話す弟子たち。そんな弟子たちを教えつつ、パリサイ派の敵意ある問いかけには、物怖じせずに答えるイエス――。
時に笑いを誘いつつも、マルコによる福音書が伝えるイエス・キリストの生涯を、最初から最後まで鮮明に描く演劇「マルコドラマ」が10月、日本で初めて上演された。会場となった教会は、当初の予定を上回る観客でいっぱいになり、2回の上演で計約270人が観劇した。
マルコドラマは、英国人牧師のアンドリュー・ペイジさんが2004年に始めた。小道具や衣装などは極力使用せず、演者の演劇経験も不問と、上演ハードルが高くないことから、幾つもの教会や学生団体などが福音を伝える手段として取り入れてきた。これまでに上演された国は、欧州を中心に23カ国に上る。
日本で上演をしたのは、昨年12月に立ち上がったマルコドラマジャパン。オーストラリアの神学校在学時に、自身もマルコドラマに出演した経験のある宮下牧人さんらが中心となって始めた。
日本人の父とオーストラリア人の母を持つ宮下さんは、高校まで日本で育ち、その後家族でオーストラリアに移住。大学卒業後、現地の小学校で教諭を務めていたが献身し、シドニーの神学校に進んだ。その1年生の時、新約聖書の授業でマルコによる福音書を学ぶ神学生たちが主体となり、マルコドラマを上演。宮下さんは、イエスの弟子役の一人として出演した。
当時所属していたシドニー日本語福音教会でも、日本語でマルコドラマを上演したいと考えたが、人手や時間の都合で適わなかった。その後、宣教師として2023年に日本に帰国。日本での上演に向け、知り合いなどに声をかける中、次第に仲間が集まるようになった。昨年8月には英国まで行き、ペイジさんと面会。必要な資料も手に入れることができた。
マルコドラマジャパンが立ち上がると、早速、年明けに演者集めや会場となる教会探しのために説明会を開催。当初はイースターに上演することを目指しており、その後も月1回のペースで説明会を開いていった。しかし、演者も会場もなかなか見つからず、上演は延期せざるを得なかった。
6月には、お茶の水クリスチャン・センター(OCC)に移転したグレースシティチャーチ東京の新会堂を会場として利用できることが決まった。しかし、必要な演者は依然として集まらない。マルコドラマの上演には、少なくとも6週間の準備期間が必要で、10月に上演するためには、8月末までに必要な演者15人を集めなければならなかった。
計4回開催した説明会で集まった演者は12人。上演決定か、それとも再び延期か――。気をもむ中、説明会には参加していなかったものの、出演を希望する人がさらに3人与えられ、ぎりぎりになって必要な人数を満たすことができた。上演が決まったのは、最終期限としていた日の2日前だった。
マルコドラマは、イエス役1人、弟子(ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ)役4人、ファリサイ派2人が固定で、残り8人はその他の役を複数演じる。これに監督1人、プロデューサー1人の計17人体制で行う。宮下さんはプロデューサーで、監督はマルコドラマオーストラリアのロアン・スミスさんに依頼した。
マルコドラマに台本はなく、あるとすればマルコによる福音書を6つのパートに分けてまとめたペイジさんの著書『マーク・エクスペリメント(マルコ福音書体験)』のみ。イエス役以外の演者は2人1組になって、1週間1パートのペースで、6週間かけてマルコによる福音書に記された出来事の順序を覚えていく。ペアになることで、互いに励まし、祈り合いながら進めていくことができる。
イエス役は、聖書に記されたイエスの言葉をほぼそのまま暗記する必要があり、監督とペアになって覚えていく。しかし、全体で練習するのは上演直前の週だけ。今回は、監督、プロデューサー、演者を含め全員が異なる教会の出身で、首都圏だけでなく大阪や香川、また海外の教会に所属する人もいたため、オンラインで集まり、祈るひとときも数回持ったという。
それでも、会場の教会に全員が集まってリハーサルをしたのは、上演前の3日間の夜と、1回目の上演当日の朝から夕方までのみ。イエス役以外の配役を決めるのも、リハーサルの初顔合わせの時で、短い期間で一気に劇を作り上げていくことになる。
宮下さんは、オーストラリアで何度かマルコドラマの上演に関わっているが、「毎回すごいと感心しています。それでも、いずれの上演も本当に素晴らしいものに仕上がるのです」と話す。
マルコドラマは、円形に幾重にも並べた客席の間を、演者が自由に移動しながら、物語が展開していく。そのため、「イエス・キリストを生き生きと力強く描き、観客に福音をはっきりと提示することができます」と宮下さんは言う。一方、観客も劇の一部であるため、空席が多いとそのインパクトが削がれてしまう。日本では初めての上演で、集客に不安があったこともあり、当初は各上演110席を目標にしていた。しかし、ふたを開けてみると、それを上回る予約者が与えられ、いずれも観客が130人を超える盛況ぶりだった。
演劇であれば友人や知人に手軽に声をかけることができ、演者であればなおさら誘いやすい。また、演劇の内容がマルコによる福音書そのものであるため、感想を話し合う中で聖書の話を自然とできる。会場には茶菓子が用意されており、「上演が終わったあと、いろいろな所から福音的な会話が聞こえてきてうれしかった」と宮下さんは話す。
「一人一人の賜物が発揮できる環境や機会を提供できたのは、プロデューサーとして感謝でした。次の上演を尋ねる声や、自分たちも上演したいという声もあり、それもうれしかったです。パウロがフィリピ書1章3~5節で語っているように、福音のために仲間と共に働く喜びを経験できたと思います」
マルコドラマジャパンは、来年も1、2回上演することを計画している。その中で日本人の監督を育成し、その後、関心のある教会や団体があれば、監督を派遣するなどして、マルコドラマの上演をサポートしていきたいとしている。
















