映画は、ディートリッヒ・ボンヘッファー(1906~1945)たちが乗るバスのシーンから始まる。予告編にも出てくるこのシーンは、彼らが最終的に処刑されるドイツのフロッセンビュルク強制収容所に向かうところを映し出したものである。その後、映画は時をさかのぼり、回想する形で、ボンッへファーの少年時代に戻る。
ボンヘッファーは少年時代、兄とかくれんぼをして遊んでいた。彼は兄にすぐ見つけられてしまい、上手く隠れることができない。この「隠れられない」姿が、後に彼がナチスに対して「沈黙せず、隠れず、信仰を公にする」生き方を選ぶことの伏線となっている。
幼いボンヘッファーに母パウラは、イチゴには男の子を完全に消してしまう力があるのよ、と優しく語る。これは、「人は消えてしまう存在である」という人生の儚(はかな)さを示唆している。儚さを感じるとき、人は自然と「今ここにある瞬時を大切にしたい」という感情を抱く。
この「消える儚さと、瞬時の恵み」は、旧約聖書のコヘレトの言葉が言う「一切は空」と「今この時に、食べ、飲み、楽しむことこそ、人の分」という思想をほうふつとさせる。ただし、この母とのイチゴに関する会話は、処刑前の最後部でも伝えられており、映画としての演出なのかもしれない。
場面は、兄が第1次世界大戦に徴兵される場面に移る。しかし、兄は間もなくひつぎに入れられて帰ってくる。この出来事は、まだ幼いボンヘッファーに大きな衝撃を与え、彼を神学の道に向かわせる。一方で、彼は音楽の才能もあり、亡くなった兄のためにピアノを演奏する。
1930年、24歳の時に渡米し、ニューヨークのユニオン神学校に留学する。ここで、黒人のクラスメートであるフランクとの出会いが与えられる。フランクと共に、黒人たちが集うジャズバーに行ってピアノを演奏したり、黒人教会に行ったりする。黒人教会では、天幕伝道で神に出会ったという牧師の話や黒人霊歌を通じ、「生きた信仰」を与えられる。さらにある晩、ホテルに通されるが、黒人であることを理由に、フランクは入れてもらえないという体験をする。この場面が、彼の信仰と抵抗の方向性を決定付ける演出となっているのだろう。
ユニオン神学校で1年間学んだ後に戻ったドイツでは、ナチスの勢力が次第に拡大していった。やがて教会もナチスの影響を受け、「帝国教会」として再編されていく。映画では、ここで同じくナチスに抵抗した牧師として知られるマルティン・ニーメラーが登場する。ニーメラーは、当初はナショナリズム的立場で、必ずしも反ナチスではなかった。
映画では、ボンヘッファーが教会で説教する場面が2度ある。最初のベルリンの教会での説教では、「教会は聖域であり、権力の場ではない」と語り、聴衆は喜ぶ。主任牧師は困惑しつつも、ボンヘッファーを英国に派遣する。ボンヘッファーはそこで会った英国国教会のベル主教に、ドイツ国内の抵抗運動を支援して、ヒトラー体制を倒すために協力してほしいと要請するが、受け入れられなかった。
一方でドイツはナチス化が進み、「新たな聖書のキリストは、アドルフ・ヒトラー総統だ」と宣言する聖職者を登場させ、教会が国家に従属していく危機が描かれる。
英国から帰国したボンヘッファーを待っていたのは、ニーメラーだった。彼は、ナチスのユダヤ人排斥や教会支配の現実に直面し、反ナチスの告白教会へと転じていた。告白教会は、同じ信念に立つ牧師たちを必要としていたため、ニーメラーは若い牧師たちのためにフィンケンヴァルデ研修所を設け、ボンヘッファーはそこで教えることになる。
この研修所の場面は、映画の中で一番美しいと私が感じたシーンである。ボンヘッファーも若い牧師たちも、祈りつつ本当に伸び伸びと、「共に生きる生活」をする姿が映し出される。この研修所では、後にボンヘッファーの著作をまとめることになる、若きエバーハルト・ベートゲとの出会いもある。しかし、この研修所もゲシュタポ(ナチスの秘密警察)によって閉鎖されてしまう。
ニーメラーは、「ナチスが共産主義者を連れさったとき、私は声を挙げなかった」という言葉でよく知られている。これは、第2次世界大戦後に彼自身が振り返って語ったものだが、映画ではニーメラーの説教としてこの部分に組み込まれている。
ニーメラーが逮捕され、連行されていくシーンもある。家族と引き裂かれる様子が痛々しく、抵抗の代償が家族にまで及ぶことを示す。ボンヘッファーにとって、抵抗の同志が失われる象徴的な場面でもある。
ボンヘッファーは、実姉の夫ハンス・フォン・ドホナーニらと共にヒトラー暗殺計画に加わる。ボンヘッファーが語る「ウソの塊のような男に勝つためには、より巧妙なウソを」という言葉が響く。これは「ナチスの暴力という大きな悪」を止めるために「欺きという小さな悪」を選ぶという、彼の葛藤の核心を示すものだろう。映画はこの場面を通して、観る者自身にも倫理的な葛藤を突き付ける。
ここで、ボンヘッファーとドホナーニが行ったオペレーション7という作戦が描かれる。これは、ナチスが迫害するユダヤ人を国外へ脱出させる極秘作戦である。映画では、彼らをドイツ軍情報部の協力者に偽装し、正規の任務に見せかけてスイスに入国させる方法が採られる。スイス側は受け入れに消極的な態度を示すが、関係者が用意した資金を渡すことによって入国が認められる。史実では、ドホナーニのみがスイスに行ったのだが、映画ではボンヘッファーもスイスに行った演出となっている。
史実では、オペレーション7が行われたのは1942年で、2度目の渡米は1939年である。しかし映画では、オペレーション7の後に2度目の渡米が描かれ、ボンヘッファーはかつて黒人教会で出会った牧師と再会する。この場面に、映画での2度目の説教が挿入されている。そこでボンヘッファーは、ほとんどいない聴衆を前に、「敵を愛せ」という福音を語りながら、ナチスへの抵抗との矛盾に向き合う姿を示す。
2度目の渡米は短く終わり、ドイツに帰国後、逮捕され、獄中の場面となる。もっとも、映画のほとんどが獄中からの回想として描かれているので、回想シーンが終わるということになる。獄中においてボンヘッファーは多くの断想をつづっており、これは後に著作集として書籍化されている。
この映画は、語られる言葉も、書かれる言葉も、終始英語である。それに対しては、「ドイツ人ボンヘッファーのイメージを損なっている」という批判があるようだ。私は、ニューヨークでの生活などを考慮するならば、語られる言葉は英語でもよいと思えた。しかし、獄中でつづる断想だけは、その原文の幾つもが著作集の中で示されていることから、何とか工夫してドイツ語で書いてほしかった。そこには、映画の製作上の限界があったのかもしれない。
そして、冒頭で映されたバスのシーンとなり、ボンヘッファーたちはフロッセンビュルク強制収容所へ連行される。そこで母と会い、また母に伝えてほしい言葉として、「私はイチゴを見つけられなかったが、言葉が見つけられた」が語られる。それは、少年時代に母と交わしたイチゴの言葉と響き合う。
処刑前に、ボンヘッファーはその場にいる者たちに聖餐式を執行する。十字架刑を前にしたイエスの最後の晩餐をほうふつとさせ、感傷的にさせられるシーンである。刑の執行後、少しの後日談が伝えられて映画は終了する。
第2次世界大戦中にヒトラー暗殺計画に加担し、39歳の若さで処刑されたボンヘッファーの生涯は、キリスト者であれば知っている人も多いだろう。今年は彼の没後80年で、その生涯を伝える作品として、概ねよく製作された映画だと思う。
ボンヘッファーの神学を求めるならば、いささか物足りなさを感じるかもしれない。それでも、ボンヘッファーの心理や行動は作品からよく読み取ることができた。彼の思想を伝えるよりも、その生き方を通して、観客に問いを投げかける作品だといえる。
なお、字幕では「真実」という訳語を多く見たが、「真理」とした方が聖書の言葉として理解されるのではないかとも思った。
※ 内容を一部修正、加筆しました。(2026年4月2日)
■ 映画「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」予告編
■ 映画「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」公式サイト
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