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【書評】ディートリヒ・ボンヘッファー著『キリストに従う』

2026年7月16日14時06分 執筆者 : 臼田宣弘
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関連タグ:ディートリヒ・ボンヘッファー
【書評】ディートリヒ・ボンヘッファー著『キリストに従う』+
ディートリヒ・ボンヘッファー(1906〜45)

ディートリヒ・ボンヘッファーは、1935年から告白教会の牧師研修所の所長に就任した。この研修所は後に、現在のポーランド領フィンケンヴァルデへ移転して1937年まで存在した。

映画「ボンヘッファー」のレビューを書かせていただいたが、私はこの映画の中では、彼がフィンケンヴァルデの研修所において若い牧師候補生たちと共に生活していたシーンが一番美しく印象に残っている。

安価な恵みと高価な恵み

この研修所における講義の中から、研修生たちの要望に応えて出版されたのが本書『キリストに従う』である。その冒頭で提示される「安価な恵み」と「高価な恵み」という対比された概念は、ボンヘッファーの思想の中でもよく知られたものであろう。

ボンヘッファーによれば、安価な恵みとは「罪」の義認を説き、高価な恵みとは「罪人」の義認を説くものである。罪が赦(ゆる)しの名のもとにそのまま容認されるのではなく、罪人をキリストのもとへ招き、新しい生へ導く恵みこそが高価な恵みなのである。

このためボンヘッファーは、服従を一般的倫理としては理解しない。重要なのは財産放棄や禁欲そのものではなく、「生きているキリストの具体的な招き」への応答としての服従である。

こうした理解は決して突然現れたものではない。その背景には初期著作『聖徒の交わり』や『行為と存在』以来の神学的探究がある。

『行為と存在』においては、人間の良心を、自分の内なる道徳的判断としてではなく、キリストとの出会いにおいて自己を知ることであると理解した。また『聖徒の交わり』を受け継いだ『教会の本質』では、「古いアダム的人間がキリストによる新しい共同体へと移される教会理解が示される」と述べている。

山上の説教講解

『キリストに従う』は、これらの思想が弟子の具体的な生活として表現された書物である。そのため本書は、「安価な恵み」と「高価な恵み」を序論として位置付けた後に、イエスの山上の説教の講解へと進んでいく。

ボンヘッファーは、山上の説教を一般的な倫理や理想論として読まない。彼にとってそれは、キリストに召された弟子の生き方を語る言葉なのである。だからこそ本書では、まず「安価な恵み」「高価な恵み」を論じ、「弟子とは何か」を明らかにした後に、山上の説教の講解に進むのである。

こうした主張は、一見すると厳し過ぎるようにも思える。しかし、その背景にはナチス政権の下で多くの教会が国家に迎合していった現実があった。ボンヘッファーは、イエス・キリストへの従順は、抽象的な理想ではなく、歴史のただ中で問われる具体的な生き方であることを示そうとしたのである。

映画「ボンヘッファー」との関連で

映画「ボンヘッファー」においては、絞首刑が執行される直前の、絞首縄が首に回されている状態で、彼が山上の説教の「8つの幸い」のうちの3つを唱えるシーンがあった。それは史実ではなく演出であったかもしれないが、この著作を読むと、彼の山上の説教に対する思い入れを共有できる。

山上の説教講解は、本書において一番ページ数が割かれている。このうち「心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る」(マタイによる福音書5章8節)という聖句の講解部分には、ボンヘッファーのそれまでの著作の思想が色濃く出ている。ここで彼は、次のように述べている。

心の清い人とは誰であろうか。自分の心をイエスに全く捧げ、そうしてイエスのみが心の支配者であるような、そういう人、その心を自分自身の悪によって、さらに自分自身の善によっても汚さないような、そういう人だけである。清い心とは、善悪を知らない幼児の無邪気な心であり、堕落前のアダムの心、そこでは良心ではなくてイエスのみこころが支配している心、そういう心である。(107ページ)

「清い心とは、自分の善悪で判断する良心ではなく、イエスのみこころが支配している心」ということが、まさしくそれまでに彼が書き続けていたことである。

前述のように、『行為と存在』では「良心」を自己反省ではなくキリストとの関係として理解し、『創造と堕罪』では、堕落前のアダムを、人間ではなく神が中心である存在として描いた。その2つが、この「心の清い人」の講解において1つになっていて、この部分に、ボンヘッファーのそれまでの思想が結実している。

映画「ボンヘッファー」では、前記の処刑直前に唱えた3つの節のうちの最後、つまり絞首縄が落とされる寸前にこの節が語られている。字幕には「心の清い人々は幸いです。彼らは見るからです……神を」とあって、本人が語った声と共に、「神を」が最後に置かれて強調されていた。

これは映画としての演出であり、「絶命した直後に、彼の魂が神に迎えられたであろう」ということをメッセージとして伝えたかったのかもしれないと私には映った。

しかし、107ページの前述の記述の後には以下のようにもある。

そういう人の心は、汚れにみちた像からは自由であり、自分の願望や意図の多様性にあちこちひきずり回されることはない。神を見ることに、全く心は奪われている。神を見るのは、その心がイエス・キリストという像の反映となっている人だけであろう。(107、108ページ)

ボンヘッファーにとって重要なのは、死後に神とまみえる希望だけではなく、生涯を通して神を見ることに心を奪われて生きることであった。今回『キリストに従う』を抄読した後には「彼らは見るからです……神を」というせりふは、映画のラストシーンとしての演出ではないように思えた。

この聖句は、ボンヘッファーが長年追究してきた神学の核心を表す信仰告白のように思え、映画のラストシーンは、彼が神に迎えられたことを描いたというよりも、むしろ彼が自らの信仰告白としてこの聖句を最後に口にしたことを表現したかったのではないかと、私は解釈し直している。

映画「聴く隣人のいるところ」との関連で

映画「聴く隣人のいるところ」のレビューを執筆した。島根県の愛真高校を舞台にしたドキュメンタリーであるが、夕会という礼拝が映し出される。そこで証ししたある男子生徒が、「義のために迫害される人々は、幸いである」(マタイによる福音書5章10節、新共同訳)という聖句が嫌いだと言った。

神様はなぜ私たちを迫害の中へ追いやるのか分からないと言うのだ。映画を見て「そうだろうな」と思った。

ボンヘッファーは、この節の「義」には定冠詞がないことに注意を促し、「ここで語られているのは、神の義のことではなくて、ある正しい事柄のために(中略)苦しみを受けることである」と述べている(109ページ)。このことから見ると、5章6節の「義に飢え渇く人々は幸いである」の「義」とは、やや異なる意味合いで用いられていると理解できる。

上述の「ある正しい事柄」とは、キリストに従う者として行う正しい判断と行為のことである。イエスも、神殿を清め、偽善を厳しく批判したことなどで迫害を受け、最終的には十字架につけられた。その歩みに参与する者たちが、「義のために迫害される人々」なのである。

ボンヘッファーにとって、義のための迫害は、苦難を美化する教えではない。キリストに従うことがこの世の価値観と衝突するとき、その苦しみは避けられないのである。だから、「幸いである」とは、迫害そのものを喜ぶことではなく、その苦しみの中においてもキリストが共におられるという約束なのである。

高校生が感じ、私も映画を見ながらうなずいた違和感は、この聖句を「神が人を苦しみに追いやる言葉」と受け止めたところから生じていた。しかし、ボンヘッファーはこの聖句を、「キリストがご自身の歩みに弟子を招く言葉」として理解している。「幸いである」という祝福こそ、弟子をご自身の歩みへ招くイエスの言葉なのである。

山上の説教以後の本書の内容

山上の説教の講解の次は、「使者」と題されている、マタイによる福音書9章35節~10章42節の講解が収められている。これは、「ボンヘッファーが、フィンケンヴァルデ牧師研修所を巣立って、告白教会の最前線に出で立って行く若い牧師たちに贈る、はなむけの言葉であったのであろう」と言われている(372ページ、翻訳者による「解説」)。

ここまでが本書の第1部であるが、この後は第2部「イエス・キリストの教会と服従」の項になる。ここではそのうちの小項目の一つ「見える教会」について伝えたい。

キリスト教史においては「見える教会/見えない教会」という区別が語られてきた。とりわけ宗教改革以後、この区別は教会論の重要な主題となった。

しかしボンヘッファーは、「見える教会」を強調する。彼にとって教会は、受肉したキリストの体であるからだ。説教と聖礼典を中心とし、その中で共に生きる生活を営むことによって、教会は「見える教会」となる。

ボンヘッファーは、天で神の右におられるキリストは、説教と聖礼典を中心とする教会生活において現臨しているとする。彼は、このように受肉したキリストの現臨を重視することによって、教会を単なる「見えない共同体」としてではなく、歴史の中に具体的に存在する「見える教会」として理解したのである。

ボンヘッファーにおいてはそのことによって、キリスト教史の中で「見えない教会」とされていた共同体が、「見える教会」となっているのである。

■ ディートリヒ・ボンヘッファー著『キリストに従う』(新教出版社、1966年7月)

◇

臼田宣弘

臼田宣弘

(うすだ・のぶひろ)

1961年栃木県鹿沼市生まれ。80年に日本基督教団小石川白山教会(東京都文京区)で受洗。92年に日本聖書神学校を卒業後、三重、東京、新潟、愛知の各都県で牧会。日本基督教団正教師。2016年より同教団世真留(せまる)教会(愛知県知多市)牧師。

関連タグ:ディートリヒ・ボンヘッファー
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