日本カトリック司教協議会(会長・菊地功枢機卿)は9日、ローマ教皇レオ14世の意向に反して司教叙階を行ったことで、叙階に関わった司教6人の破門が宣告された聖ピオ十世会を巡り、信徒向けのお知らせを発表した。同会が行う典礼や活動への参加を控えるよう求める一方、同会のミサに参加したことがあるという理由だけで、全ての信徒が自動的に離教者となり、破門されるわけではないと説明し、冷静な対応を呼びかけた。
同会は1日、教皇の認可を受けないまま、スイスで司祭4人を司教に叙階(聖別)した。これを受け、バチカン(教皇庁)教理省は2日、叙階を執り行った司教2人と、新たに司教として叙階された4人の計6人に対し、破門を宣告する教令を発布した(関連記事:バチカン、聖ピオ十世会の司教6人を破門 教皇の承認ない司教聖別で)。
お知らせは、教理省がこの司教叙階を「教皇との一致を拒み、教会の一致を深く傷つける重大な行為」と判断したと説明。6人は「後から新たに破門されたのではなく、教会法上、その行為を行った時点ですでに破門の状態に入っていたこと」が公に宣言されたものだとした。
また、カトリック教会において司教は、使徒の後継者として、教皇や他の司教たちとの交わりの中で奉仕する存在だと説明。教皇の認可を受けず、その明示された意思に反して行われる司教叙階は、単なる手続き上の違反ではなく、「教皇との交わりを実際上拒み、教会の一致そのものを傷つける重大な行為」と指摘した。
その上で、教理省が、同会の聖職者は離教状態にあり、合法的に聖務を行う権限を有していないこと、同会の司祭が授けるゆるしの秘跡や、同会の司祭が立ち会う婚姻は無効であることを明らかにしたとして、信徒に対し、今後は同会の典礼や活動への参加を控えるよう求めた。
一方で、「教会は、皆様を恐れさせたり、誰かを一律に断罪したりすることを望んでいるのではありません」と強調。信徒の責任については、本人が十分な認識と自由な意思をもって同会の教理的立場を正式に受け入れ、教皇の権威や教会の教導職を拒んでいたかどうかを、個別に判断する必要があるとした。
その上で、伝統的な典礼への愛着や霊的な理由から同会のミサに参加していたものの、教皇の権威や教会の教えを拒否していない人については、離教の責任があると一律に判断されることはないと説明。同会と関わりがあっても、自分自身や周囲の人を直ちに「離教者」や「破門された人」と決め付けず、所属教区の司祭や教区本部に相談するよう促した。
過去に同会の司祭からゆるしの秘跡を受けた人や、同会の司祭の立ち会いで婚姻を結んだ人についても、当時、教皇による特別な権限が同会の司祭に与えられていた場合などがあるという。そのため、時期や具体的な事情を個別に確認する必要があり、「一律に無効と判断することはできません」と説明した。
また、同会を離れ、カトリック教会との完全な交わりのうちに歩みたいと望む人に対しては、「教会の扉は開かれています」と表明。離れる決断には、人間関係や家族、共同体、これまでの信仰生活を巡るさまざまな苦しみや葛藤が伴うことがあるとし、教会はそうした人を責めるのではなく、その声に耳を傾け、「敬意と忍耐、温かさをもって迎えたい」と願っているとした。
インターネットやSNS上で激しい議論や非難が行われることも予想されるとし、相手を侮辱したり、信仰を決め付けたり、個人を攻撃したりすることは、「教会の一致を回復する道にはなりません」と戒めた。結びでは、「教会の目的は、誰かを排除することではありません」とし、互いを非難するのではなく、祈りのうちに支え合い、教皇と司教団との交わりのうちに教会の一致を大切にするよう呼びかけた。
破門の宣告後、同会のダビデ・パリアラーニ総長は、レオ14世に宛てた書簡で、破門は「客観的に見て不当であり無効」としながらも、「苦々しさや反抗心をもって受けることはない」と表明。断罪は教会への愛着に打撃を与えるものだが、破門による苦しみを教会の善のため、また教皇自身の善のために喜んでささげると述べた。
同会は、第2バチカン公会議(1962〜65年)に伴う典礼・教理上の改革に反対したマルセル・ルフェーブル大司教が70年に創立した。88年にも教皇の認可を受けずに、司祭4人を司教に聖別したことで、ルフェーブル大司教ら6人が破門された。一方、2009年には、教皇ベネディクト16世(当時)が、6人のうち存命だった司教4人の破門を解除。その後もバチカンとの対話が続けられ、15年には教皇フランシスコ(当時)が同会の司祭によるゆるしの秘跡を有効と認めるなど、関係修復に向けた歩み寄りも見られた。


















