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ジョージ・ミュラーの生涯

日ごとのパンを求めて―ジョージ・ミュラーの生涯(7)破れた望み

2026年7月8日08時45分 コラムニスト : 栗栖ひろみ
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百人一読―偉人と聖書の出会いから(30)ジョージ・ミュラー 篠原元+
ジョージ・ミュラー(1805~98)

1827年。22歳になったミュラーは、いよいよ海外宣教に向かって第一歩を踏み出す決心をした。彼は、ハレ大学のトールク教授に相談して、ルーマニアのブカレストへの宣教師として推薦してもらったが、残念なことに諸事情で不可能となった。

その後、「ロンドン宣教協会」によるポーランドのユダヤ人への宣教に応募したところ、彼がとりわけヘブル語に精通しているために採用された。

1829年2月。「ロンドン宣教協会」によるミュラーのロンドン派遣が決定すると、彼は訓練を受けるためにロンドンに向かった。この時、ロンドンに向かう途中で故郷に立ち寄った。

既に父親が国税局の次官を退職したことは聞いていた。いよいよ門の扉を押して入ると、老いた父はそれと気付いて飛び出してきた。

あっと思った瞬間、父親は両手を広げ、彼の体を抱きしめた。

「お父さん。まず、昔散々お父さんに迷惑をかけたこと、そして反対を押し切って海外宣教を希望したことなどの親不孝を赦(ゆる)してください」

そして、自然に謝罪の言葉が口から出た。彼は、ポーランドに行ってユダヤ人たちに福音を伝える使命を与えられたことを父に告げた。

すると、意外にも父はこう言った。「わしこそおまえの気持ちを少しも顧みず、親子の縁を切ってしまった。つらい思いをさせてしまったな。赦してくれ」。父と子は、堅く抱き合った。

長男のビルヘルムも結婚して遠くに行ってしまい、いかなる事情があったのか、二度目の母もフランツを連れて家を出て行ってしまったということだった。父親は体が少し小さく縮まったように見え、足が不自由になっていた。

「おまえが海外に宣教師となって行きたいという希望を聞いただけでおまえを勘当してしまったのも、この心にはおまえしかなかったからだ。だが、今は心からおまえの前途を祝福したい」

そして、父は奥からお金の入った袋を持って来て、彼に渡した。「もしかしたら、もう一度おまえに会えるかと思って、年金の中から少しずつ別にしておいた。これを伝道のために使っておくれ」

そして、もう一度彼を抱きしめ、震える声で言った。「また会おう。別の所でもっと楽しく」

「ええ、お父さん。また会えますとも」。ミュラーは父の手をしっかり握って言った。しかしこれが、彼の目が父親の元気な姿を見た最後となったのである。

この年の3月9日。ミュラーはロンドンに到着。いよいよ神学校で「ユダヤ人への宣教師」としての訓練が始まった。1日12時間びっしり、座ったまま講義を聞き、聖書で使われているヘブル語だけでなく、現地で通用できる会話としての「現代ヘブル語」の訓練も集中的に受けた。ミュラーはドイツ人なので、説教者として英語の訓練も受けた。

全てが順調に進んでいるかのように思えたが、ここにきて大きな試練が彼を見舞った。それは、5月に入ってしばらくした、ある日のことであった。

彼は授業中に、たまらない胃の痛みを覚え、しばらく患部をさすってがまんしていたが、だんだんひどくなってきた。

教授に断って、しばらく休養室で休んでいたが、治らない。そのうちに今度は腸の辺りが引きつるように痛み出し、こちらも時間とともに痛みがだんだんひどくなってきた。

その日はそのまま早退して部屋に帰ったが、夜中にどうにもならない苦痛が襲ってきて、七転八倒の状態となった。もともと胃腸が弱い体質の上、青年時代の放蕩(ほうとう)と乱れた生活のために体は弱り、特に飲酒のために胃腸がボロボロになってしまっていたのである。

医師の診断と、優れた薬の効果で、発作は一時的に症状が抑えられたものの、復帰して1週間目に、突然彼は授業中に血を吐いて倒れた。胃に腫瘍ができていると見られ、静養が必要と診断された。

「転地療養が必要ですな」。医師はこう言い、ロンドンの南西に当たるデボンシャー州南部の港町ティンマスを勧めた。

(ああ、何と不運なことだろう)ミュラーは涙をこぼしながら、つぶやいた。(神様は世界伝道という自分の献身を受け入れてはくださらなかったのだろうか)

そして、血を吐くような調子で叫んだ。「もう自分には何の希望も残されていない」

しかしながら、この一見不条理と見られる出来事の中に、神の深い恩寵が隠されていたのである。彼が心ならずも静養に行ったティンマスから、驚くべき第二の人生が開けたのだった。

*

<あとがき>

いよいよミュラーは、海外宣教への熱い望みを胸に、「ロンドン宣教会」の訓練を受けることになりました。彼はロンドンに向かう途中で、故郷の家を訪れます。意外なことに彼を勘当した父親は、両手を広げて彼を迎え入れたのでした。

この父は孤独の中にいました。国税局の次官を退職し、長男ビルヘルムは結婚して家を離れ、二度目の母も連れ子フランツと共に別居していたのです。父は心からミュラーの前途を祝福してくれ、大切にためておいたお金を祝い金として渡すのでした。

ロンドンに着くと、いよいよ神学校で宣教師としての訓練が始まったのですが、ここで不測の事態が生じます。彼は突然胃潰瘍になり、七転八倒の苦しみの末、血を吐いて倒れます。

そしてついに、医師から静養の必要を申し渡され、デボンシャー州ティンマスに行くことになりました。しかし、絶望的な状況の中にも神のご意志が働き、全てが益となるよう備えられたのでした。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイで中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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