ティンマスに到着して数日後のこと。この地で療養していたミュラーは、エベネゼルと呼ばれる会堂の前を通りかかった。すると、中から賛美歌が流れてきた。
そっとのぞいてみると、30人ほどの人々が礼拝をしている。講壇はなく、高めのテーブルの前に司会者が立っていて声高らかに聖書を読み上げた。すると、会衆はその場にひざまずき、口々に祈り始めたのである。
このような礼拝の形はミュラーにとって珍しく思えた。今まで彼が通ったことのあるルター派の教会では、いかめしい建物の中にその地区の信徒が集まり、牧師やその他聖職者が講壇の上から説教をし、祝祷をして彼らを帰す──という形であったので、このような礼拝の光景は全く新鮮なものとして目に映った。このティンマスで、彼は全く新しい形の宣教活動を見たのである。
その時、一人の若い伝道者が進み出ると、「闇を照らす光」と題してメッセージを語った。
「皆さん。兄弟姉妹である方たちよ。どんなに世の中が絶望的な状況になっても、また、自らの生活がどん底に落ちようとも、私たちには希望があります。それは暗黒のこの地に救い主であるイエス・キリストが来られたからであります。この地上が地獄のような状態になってしまったのは、私たちの罪のためです。戦争、殺りく、人が互いに憎み合い、殺し合ったり、うその証言をしたり、小さな子どもを虐待したり──さまざまな悪事が行われているのは、皆私たちの罪のためです。しかるに、主イエスは栄光を捨て、このわびしい地上に来られ、十字架について私たちの罪を清算してくださった。そして復活して今なお天と地を治めておられる。暗黒の世で苦労して生きているわれわれにとって、これがただ一つの、そして絶対的な希望であります」
今までこのようにシンプルに、明確に救いというものが語られるのをミュラーは聞いたことがなかった。
「あの方はどなたでしょう」。そばにいた人にそっと尋ねると、ヘンリー・クレイクという伝道者だということだった。「このティンマスに来られる前はバグダッドで伝道されていたそうですよ」。彼はそう答えた。
1829年12月30日。あのエベネゼル会堂での礼拝が忘れられないミュラーは、ヘンリー・クレイクという伝道者に会いたくなり、彼の滞在先のエクスマスの宿舎を訪ねた。そしてその日、大きなテントを張って「エクスマス集会」を導いている彼に会うことができた。
この日クレイクは、「わたしは命のパンである」という題でメッセージを語った。テントの中にも外にもぎっしりと人が詰めかけていた。いずれもその多くは、行商人や手工業者、職人、また日雇い労働者など貧しい階層の者が多かった。
クレイクは語った。
「皆さん。兄弟である方々よ。イエス様は『わたしは命のパンである』と言われました。日々のパンを得ることこそ私たちにとって死活問題です。しかし、イエス様は私たちに食物としてのパンだけでなく、心が豊かになって幸せを感じることのできる霊的パンも豊かに下さるのですよ」
「その昔、まだイエス様がこの地上にいらしったころ、その話を聞こうとして5千人以上の人が集まって来た。その中には子どもも混じっていました。人々は朝から晩までずっと話を聞いていたので大変おなかがすいていました。そこで弟子たちに『この人たちに何か食物をあげなさい』と言われましたが、そこには食物はなく、ひとかけらのパンもありませんでした。その時、子どもの一人が自分の持ってきたお弁当をささげたのです。それはパン2つと焼き魚が5匹でした。イエス様はそれを祝福されると、弟子たちに配るように命じられました。この時、何が起こったと思いますか。パンも魚も、いくら配ってもなくならなかったのです。5千人が十分食べてもまだ12籠残ったと聖書に書かれています。皆さん、これは単なる奇跡の物語ではありません。神の子であるイエス様は、私たちの心も体も豊かに養ってくださるのです。私たちは、物質的にも精神的にも激しい飢餓状態に陥ることがあります。しかし、どうか信じてください。求めさえすれば、イエス様は全てを満たしてくださるのです」
この日、ヘンリー・クレイクとジョージ・ミュラーは運命的な出会いをした。
「どうです。ここで一緒に伝道を始めませんか」。このクレイクの一言で全てが始まったのである。
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<あとがき>
ミュラーは世界伝道を志し、ようやくその足掛かりがつかめた矢先、とんでもない災いに見舞われます。彼は突然胃潰瘍になり、医者からティンマスでの療養を勧められました。
時によって神様は、私たちに思ってもみない試練を与えられますが、それによって私たちが御心を学ぶためなのです。このティンマスを訪れたことが、ミュラーの人生を大きく変えることになりました。
思いがけず彼は、「エベネゼル集会」に導かれ、そこで今まで全く知らなかった新しい形の伝道方式を学ぶことになります。
さらにここで、終生の友となる伝道者ヘンリー・クレイクと出会います。この人物こそ、ミュラーが後に興した「孤児救済事業」の最大の理解者であり、共に伝道に携わった同労者でありました。
彼は「エクスマス集会」を導いていましたが、そこを訪ねたミュラーに、一緒に伝道をしないかともちかけたことから、ティンマスに福音のともしびがともされることになったのです。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイで中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

















