死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―(12)キリストの死は、最も苦しい痛みを伴う死だった 米田武義

2015年4月22日14時59分 コラムニスト : 米田武義 印刷
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初めのうちはあまり見舞いに来てくれなかったが、康子も最近になってほぼ毎日来てくれるようになった。元々病気を極端に怖がるところがあるので、この1カ月あまり相当なプレッシャーが掛かってきたであろう。入院して数週間が経てば、患者もそれなりの心構えや準備ができてしっかりしてくるので、取り扱いや見舞いも徐々に手を抜いて抵抗力をつけることも必要であると思う。ちょうどお年寄りをあまり手取り足取りしてあげると、かえって自立を妨げるように、患者に対しても同じようなことが言えると思う。その分、見舞いや看護に明け暮れ、疲労困憊している人を慰めてほしい。慰めを必要とする人も時とともに変わる。

「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです」(Ⅱコリント1:4)

死の恐怖とは何だろうかと思うことがある。誰しも死を未知の経験、存在の消失とかに対する不安と言うが、私が今までこの世の人に聞いた限り、ほとんどが苦痛さえ伴わなければいつ死んでもよい、つまり死は怖くないという人ばかりである。つまり、大方の人々は、死そのものよりそれに伴うであろう苦痛を恐れている。死をもいとわぬ思想、イスラム原理主義者でさえ、苦痛なきよう、瞬時に死を迎えるよう爆薬を使うし、日本武士の切腹にしろ、瞬時に死を迎えるために介錯(かいしゃく)がある。

ところが、イエス・キリストの死は、そうではなかった。介錯のない切腹のような死に方であり、想像を絶する苦しみのうちに絶命されたのである。数時間もかけて。このことは想像するに、ある意味では死よりも恐ろしい。

「イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた」(ルカの福音書22:44)

神のイエス・キリストに与えられた死とは、ただの死ではなく、最も苦しい痛みを伴う死なのである。私はひたすらこんなつまらない罪人のためにと、そのご計画と実行に感謝せざるを得ない。神の前に祈りさえする資格のない者を、神の前でとりなしてくださり、罪を赦すよう釈明してくださった。イエス・キリストの仲介なくして、私は全く希望のない者であった。

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米田武義

米田武義(よねだ・たけよし)

1941年4月16日、大阪生まれ。大阪府立三国丘高等学校、国立静岡大学卒業。静岡県立清水東高校定時制教師を勤めた後、東北大学大学院、京都大学大学院(国土防災技術(株)国内留学生)で学ぶ。国土防災技術(株)を退職し、(株)米田製作所を継承する。2008年4月8日、天に召される。著書に『死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―』(イーグレープ)。

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