臼田宣弘

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パウロとフィレモンとオネシモ(12)「オネシモの送り帰しと迎え入れ」―霊による交わりをもって― 臼田宣弘

集中構造分析の対称箇所は、「似ている内容」であることがほとんどですが、「正反対の内容」になっていることもあります。今回取り上げるフィレモン書の集中構造分析の対称箇所も、やはり正反対の内容となっています。

2020年03月19日11時10分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(11)「オネシモの過去と今(3)」―パウロがオネシモに見ていたもの― 臼田宣弘

前回までにお示ししてきましたが、フィレモン書の内容に関して、私は「オネシモ非逃亡奴隷説」に立っています。私がこの説に立つようになったのは、新約学者・田川健三氏による訳著『新約聖書 訳と注4』の中の「フィレモンへ」を読んだことが発端です。

2020年03月05日17時05分

パウロとフィレモンとオネシモ(10)「オネシモの過去と今(2)」―オネシモは役立たずの奴隷であったのか― 臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(10)「オネシモの過去と今(2)」―オネシモは役立たずの奴隷であったのか― 臼田宣弘

前回からの続きで、集中構造分析の「FとF´」に関して立てた5つの問いのうち、今回は3つ目と4つ目の問いを取り上げます。まずは、集中構造分析の「FとF´」に該当する部分と、今回取り上げる2つの問いを掲載します。

2020年02月20日7時51分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(9)「オネシモの過去と今(1)」―逃亡奴隷が獄中で洗礼を授けられたのか― 臼田宣弘

今回から、フィレモン書の本題である「オネシモについてのパウロの願い」を取り扱います。今回は集中構造分析されたテキストのうちの、「オネシモの過去と今」とキーワードを付けたF(10~11節)とF´(18~19節a)を取り上げます。

2020年02月06日11時23分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(8)「オネシモ」―イグナティオスの手紙に後代の姿を見る― 臼田宣弘

フィレモン書を読むに当たっては、「この手紙がなぜ正典となっているのか」ということをかなり深く考えました。パウロの手紙にはこの程度の分量のものはたくさんあったはずです。そういった中で、なぜフィレモン書だけが正典として残され、聖書となったのか。

2020年01月16日10時21分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(7)「フィレモンへの愛」―謙虚な姿であったイエス・キリストに倣う― 臼田宣弘

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。今回は私が行ったフィレモン書の集中構造分析から、「フィレモンへの愛」というキーワードを割り当てた「EとE´」(8~9節、19節b)を読みたいと思います。

2020年01月02日7時05分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(6)「牧会者フィレモン」―スプランクノン― 臼田宣弘

前回、上記のようにフィレモン書の集中構造分析をしましたが、今回はその中の「牧会」というキーワードを付けた「DとD´」(7節、20節)を見てみたいと思います。

2019年12月19日13時55分

私の語学学習経験と『古典ギリシア語入門』 CD付きの画期的な入門書

私の語学学習経験と『古典ギリシア語入門』 CD付きの画期的な入門書

神学校で学んだ「新約聖書の中のギリシャ語」という範疇(はんちゅう)ではなく、もう少し広く、一つの言語として、古典ギリシャ語になじみたいと考えていたときに手にしたのが、この『古典ギリシア語入門』(白水社)でした。

2019年12月13日10時31分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(5)「善い行い」―フィレモン書の集中構造分析から― 臼田宣弘

拙コラム「コヘレト書を読む(9)」でお伝えさせていただきましたが、聖書は旧約聖書も新約聖書も「集中構造」という修辞法で書かれているテキストがとても多いのです。フィレモン書も、この修辞法でパウロによって書かれていると思われます。

2019年12月05日20時06分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(4)「戦友アルキポ」―「主に結ばれた者としてゆだねられた務め」とは何か― 臼田宣弘

前回は、フィレモン書1~2節に記されている、この書の名宛人3人のうち、「フィレモンとアフィア」についての私の考えをお伝えしました。今回は、同じく名宛人として上げられている「アルキポ」について、私の考えをお伝えさせていただきます。

2019年11月21日12時22分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(3)「フィレモンとアフィア」―何をしていた人たちなのか― 臼田宣弘

今回は「フィレモンとアフィアは何をしていた人たちなのか」ということを考えてみたいと思います。まずフィレモンですが、彼は自分の家を教会として開放し、オネシモをはじめとする奴隷を有していたのですから、裕福な人物であったでしょう。

2019年10月17日11時19分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(2)「フィレモン書の宛先」―フィレモンの家の教会とは何か― 臼田宣弘

このコラムは、フィレモン書を起点にして書いていくものです。ですから、何はともあれ、フィレモン書を読んでみたいと思いますが、その前に、この手紙は「いつ、どこで、誰が書いたか」ということを知っておく必要はありましょう。

2019年10月03日13時30分

臼田宣弘

パウロとフィレモンとオネシモ(1)「初めに」―本コラムの目的― 臼田宣弘

本コラム執筆の目的は、「パウロ以後の初代教会において、パウロ、フィレモン、オネシモという師弟関係の系譜が、どのような役割を果たしていたのか」を、フィレモン書、コロサイ書、エフェソ書、使徒言行録などから明らかにすることにあります。

2019年09月19日9時52分

臼田宣弘

コヘレト書を読む(最終回)「永遠の神を知る」―太陽の下、無限の循環の中で― 臼田宣弘

30回にわたって連載してまいりました本コラムも、今回で最後になります。第4回は「『無限』―太陽の下(もと)の循環―」という題と副題でしたが、インクルージオの対称箇所である今回は、それに「永遠の神を知る」を入れさせていただきました。

2019年09月05日10時20分

臼田宣弘

コヘレト書を読む(29)「天災」―災難〔人災と天災〕その2― 臼田宣弘

前回は、災難の中でも人災について書かせていただきました。今回は、天災とそれへの対処のことが伝えられています。「国(聖書協会共同訳では「地」)にどのような災いが起こるか、分かったものではない」(11章2節後半)とコヘレトは言います。

2019年08月15日10時51分

臼田宣弘

コヘレト書を読む(28)「人災」―災難〔人災と天災〕その1― 臼田宣弘

災難には一般に「人災と天災」があるわけでして、コヘレトがそこまで考えていたかどうかは分かりませんが、読者としてはこの2つを分別して読み取っていくと分かりやすいのではないかと思います。

2019年08月01日15時47分

臼田宣弘

コヘレト書を読む(27)「愚かさ」―知恵を危機に導くもの― 臼田宣弘

ここではまず、愚かさの存在が示されています。前回は、町を救った賢人の事例から、「尽くしきった知恵を、わずかな愚かさが駄目にしてしまうこともある」ということをお伝えしましたが、そこで示された「愚かさ」を、ここで説明していると思えます。

2019年07月18日13時27分

臼田宣弘

コヘレト書を読む(26)「町を救った賢者」―しかし報いはない― 臼田宣弘

今日の聖書学では、イスラエルはコヘレトの時代、プトレマイオス王朝に支配されていたとされています。プトレマイオス王朝は、アレクサンダー大王の死後、彼が征服した地域が分裂してできた国の一つです。そのことは、旧約聖書のダニエル書に記されています。

2019年07月04日10時11分

臼田宣弘

コヘレト書を読む(25)「運と不運」―そういうこともある― 臼田宣弘

スポーツの世界では、時に強い選手やチームが試合に勝てないことがあります。あるいはまったく逆に、無名の選手やチームが勝ち上がっていくこともあるわけです。強い選手やチームが、必ずしもいつも勝てるわけではないのです。

2019年06月20日11時21分

【書評】『パウロの弁護人』 世界的な新約学者が描く初代教会をめぐる思想小説 臼田宣弘

【書評】『パウロの弁護人』 世界的な新約学者が描く初代教会をめぐる思想小説 臼田宣弘

著者のゲルト・タイセンは、1943年生まれの現代の新約聖書学を代表するドイツ出身の世界的な神学者です。私がタイセンの著作を初めて読んだのは、神学校の最終学年で、読んだのは前年に日本語訳が出版された『パウロ神学の心理学的側面』でした。

2019年06月15日22時08分

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