なにゆえキリストの道なのか

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(182)終末があるとすれば、それはいつか? 正木弥

終末はもちろんあります。初めがあったのですから、終わりもあるはずです。聖書は2千年前から「終わりの時が近い」と告げています。しかし、そうはなりませんでした。

2019年02月16日7時06分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(181)終末は来ない? 正木弥

この世界の課題は終末的だという人もいます。人口の激増による食糧や水の争奪戦、地球温暖化による気候変動、核戦争などの危機が叫ばれています。いやそれ以上に、人口を容れる広さの大地が不足してくることだという人もいます。

2019年02月09日9時08分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(180)天国はなくてもいい? 正木弥

科学技術や医療技術は日進月歩で発展し、社会のシステムもある面で進歩しています。それに伴い、生活はどんどん便利になり、快適化も進んでいます。しかしその一方で、昔はなかったような負の面も多く顕在化してきました。

2019年02月02日8時27分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(179)復活なんてなくていい? 正木弥

これはある種、動物的な人生観ですね。人生を、社会を、世界を見つめない。考えずに、ただ流されるままに生きる、と。しかしそうはいっても、やはりどこかで考えていますね。人間は動物や植物と違って考える存在ですから、考えずにはいられないんです。

2019年01月26日19時47分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(178)キリストはいざ知らず、私たちが復活するの? 正木弥

人が神様を信じ、受け入れると、その人の心の奥底に種(聖霊)が宿り、体外から良いものを取り入れ、その人を成長させ、とき来たらば、天国で活動するにふさわしいからだを造りあげてくれるようです。

2019年01月19日8時24分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(177)私たちのからだが復活する、とはあり得るのか? 正木弥

私たちの肉のからだはいったん死んで、魂と分離して分解します。からだの組織は崩れ、細胞は分解し、タンパク質に戻り、タンパク質はアミノ酸になり、アミノ酸は元素に分解します。

2019年01月12日9時35分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(176)キリストはもう一度この地上に来られるというのは本当か? 正木弥

神は時間を創造し、空間を創造し、この世界を創造されました。それは、神の子として生き、共に楽しむための人間を創造し、導くためでした。だから、この世界・この時間はこの目的に向かって動いております。

2019年01月05日10時15分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(175)神が愛ならどんな人でも天国に入れてくれたらいいのに 正木弥

神は愛だけではありません。愛であるとともに、あるいはそれ以上に、聖なる神であります。聖ということは義であることにつながり、汚い者、不義なる者、罪や悪と同居できない、そのようなものを受け入れることができないのです。

2018年12月29日19時54分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(174)天国へ行って、そこで何をするのか 正木弥

喜びや楽しみの生活以外に、そこで何をするのかは明瞭には示されていません。しかし、「(死人の中から復活する・・・人たち)彼らは、御使いのようであり、また、復活の子として神の子どもだからです」(ルカ20:35、36)とあります。

2018年12月22日12時55分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(173)天国は本当にあるのか 正木弥

天国は本当にあります。天国は、他宗教でも名前が違うことはあっても、あると主張されていますが、新約聖書では「天の御国」とか「神の国」とかの名前でたくさん記述されています。

2018年12月15日18時43分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(172)天国は信じる者の心の中にある? 正木弥

天国といっても、人の心の中だけで心理的に存在するものにすぎないではないか、という質問ですね。それなら、「そうではありません」と答えましょう。ご質問は、ルカ福音書17章20、21節から発しているかと思います。

2018年12月08日20時58分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(171)私は天国に行ける? 正木弥

誰でもこの世の命が終われば、天国に行きたいと思っています。天国は天の御国、神の国ともいいますが、そこは天地の主“神様”の御座、神様の本拠です。従って、御使いや神の子たちなどが行くところです。

2018年12月01日7時03分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(170)神はなぜ悪人をこの世ですぐに罰しないのか 正木弥

悪人であっても後に悔い改めて立ち直ることがあるから、それを求めておられる、待っておられるのです。人生の終わりまできちんと見届けて、最後の審判の時に罰すべきを誤りなく罰し、賞すべきは的確に褒め、報いてくださるのです。

2018年11月24日8時07分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(169)死後の裁きなどはない? 正木弥

筆者は、どうあろうとも、脅したくはない。だから、地獄についてあまり語りません。ただし、神の真剣さ、人生の厳粛さ、それ故、人生が裁きで精算されることだけはきちんと告げておかなければなりません。また、筆者は言わないが、聖書は語っています。

2018年11月17日12時36分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(168)死後に魂は絶滅する? 正木弥

「人がコペルニクスの意見を深く究めないのはまだしも・・・霊魂が可死であるか不死であるかを知るのは全生涯にかかわることである」。どの国どの地域どの民族でも、死後に魂の何らかの活動を信じている人が、魂の絶滅を信じる人よりも多いようです。

2018年11月10日22時55分

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