貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(3) キリスト教に入信する

2015年3月17日13時38分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷
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明治20年(1887年)冬。その日も軍平はいつものように昼食を早めに済ませて散歩に出かけた。と、祝橋(いわいばし)の所まで来ると、人々が騒いでいる。

「あれ? 何だろう」
軍平が同僚に言うと、彼は眉をひそめた。
「また耶蘇(やそ)教(キリスト教)のやつらが来てるんだよ。堅苦しい説教をあっちの辻(つじ)、こっちの辻でされるからたまらんよ」

何となく興味を引かれたのでのぞいてみると、4、5人の男たちが肩からたすきを掛け、旗を持って並んでいる。人々は野次(やじ)を飛ばしたり、あざけりの言葉を投げつけたりしたが、彼らは平然として語った。

「全て重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさいとイエス・キリストは言われました。悩んでいる人、苦しんでいる人はおいでなさい。ここに本当の平安があります」

彼がもらったパンフレットを持って職場に戻ると、仲間たちは口々にはやしたてた。しかし、軍平はこの初めて出会ったキリスト教に強く心を捕えられたのである。

間もなく、彼は築地活版所に通う途中にある新富橋脇の「福音教会」というメソジスト系の教会に通うようになった。彼は一日も欠かさずに集会に出、説教に耳を傾けた。そんなある日のことである。その日は仕事が休みなので、彼は自分の狭い下宿で聖書を読み、祈っていた。すると、突然その心が燃え、この日本の社会はキリスト教によって救われるべきだという思いが、稲妻のように心の中でひらめいた。その時、以前叔父に言いつかって借金の催促に行った家々で見た人々の絶望的な顔を思い出した。それから、前の下宿先で自分にすがりついてきた若い娼妓(しょうぎ)のやつれた姿と悲しそうな眼差しを思い浮かべた。

「迎えに来てね」――彼女はそう言ったのだ。
彼の目から涙が溢れ出してきた。
「ああ、神様。この世には悲惨な生活をしている人々が多くい過ぎます。どうか一日も早く彼らが救われますように」

折からにわか雨が振り出し、見る見るうちに激しい夕立ちになった。軍平は、はっとしてこれを眺めていたが、いきなり着物を脱ぎ捨てて屋根に出ると、そこにひざまずき、天を見上げて叫んだ。

「どうかこの軍平を、今からあなたのご用をする者としてお使いください!」

雨は彼の頭を打ち、全身を激しく打ち、彼は自分の罪の全てが洗われるのを感じた。

このことがあって間もなく、教会から洗礼を授ける許可が届いた。軍平は築地福音教会で洗礼を受けた。

それからというもの、救霊の熱意に燃えて、いくら人からばかにされようが、からかわれようが、軍平は町の辻に立ち、道行く人をつかまえてはパンフレットを渡したり、短い話をしたりして伝道を始めた。この頃の彼は妙な服装をしていた。警察署から払い下げた巡査の古服を着ており、それで仕事をするものだから袖口に鉛や油が付いていた。また、靴を買うお金がないので、竹皮の草履をはいていた。

そのうちに、同じ教会の青年で一緒に伝道に協力してくれる者が現れた。高城牛五郎(たかぎ・うしごろう)と言った。二人は町の辻に立ち、路傍伝道を始めた。毎月7の付く日は地蔵の縁日で大勢の人が出たし、10日の琴平神社の祭りにも辻は人々で埋まった。高城が太鼓をたたき、歌って人を集めると、軍平が聖書を読んで説教をした。軍平の言葉には不思議な説得力があるようで、人々は野次を飛ばしながらも耳を傾け、聞き入った。

当然ながら、活版所でも有名になってしまった。酒やタバコを拒絶する彼を軽蔑していた同僚たちは、軍平がはっきりとした信念を持っていることを知ると、尊敬するようになった。そのうち軍平は、現場監督に任ぜられた。その日もいつものように皆が帰ってしまったあと、仕事の整理をしていると、同僚の一人が「ごくろうさん」と言って入ってきた。そして彼にキリスト教についていろいろ尋ねるので、パンフレットを渡して話をしたところ、同僚は首を振った。

「自分のように無学の者には分からない。キリスト教なんて学問のあるやつが信じればいいんだよ」

そう言って、寂しそうな顔で帰って行った。そのとき、軍平の頭に天啓のようにひらめいたことがあった。

「無学な者、無知な者こそ、キリストの福音にあずかるべきではないか。いつの日にか自分は、下層階級にキリスト教を分かりやすく紹介しよう」

彼はそのように決意したのだった。(続く:人生の転機く

■ 貧民救済に命懸けて:(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(最終回)

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(イーグレープ、2015年4月)がある。

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