貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(8) 平民の福音

2015年5月30日22時06分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷

明治30年(1897年)の9月。軍平は山田彌十郎(やまだ・やじゅうろう)と共に、三崎町に日本救世軍の小隊(教会)を作った。そして熱心に伝道すると共に、聖書で言われている「隣人を愛せよ」ということを行動を通して世の中に示していかなくてはならないと感じた。

そこで、彼は町中で誰よりも早く起き、長屋の前から近所の家の前をきれいに掃除し、水を打った。一日も欠かさずこれをやったので、すっかり町で評判になった。またある時は、着のみ着のまま追い出されたという親子の世話をし、一日分の食事代を回してしまったので、山田と共に飲まず食わずのまま過ごしたこともあった。さて、そんなある日。山田が持ってきた新聞に目を通した彼は、はっとした。

「隅田川に娼妓(しょうぎ)投身自殺。病気を苦にして。この娼妓は元々京橋区本湊町の貸座敷で商売していたが・・・」

終わりまで読まずに、彼は長屋を飛び出し、隅田川まで走った。事件があった場所には心ある人によって花が手向けられていた。

(ああ、あの時の娼妓だ)

軍平は、築地活版所にいたときに見た彼女の顔を思い浮かべた。自分がいつかきっと助けてあげると約束しながら果たせなかった。

(きっと迎えに来てね、お兄さん)

彼女はそう言った。彼の頬を涙が伝った。

(許してくれ。とうとう約束を守れなかった。でも、きっと今に、きみのような気の毒な女性がなくなるように、何とかするよ)

彼は心に誓った。

こうして、いろいろな問題を抱えて悪戦苦闘をしている頃、彼は植村正久の教会に属している佐藤機恵子(さとう・きえこ)と知り合い、親しくなった。彼女は日本キリスト教婦人矯風会の書記をしているうちに英国から来た救世軍を知り、興味を持ったのだった。2人は色々なことに共感し合えて、いくら話をしても飽きなかった。機恵子は、以前から同じ女性としての立場から公娼の問題に心を痛めていた。軍平も自分が救えなかった娼妓のことで心に負担を覚えているときだったので、彼らは急速に接近した。こうして交際が始まり、明治31年(1898年)5月、彼らは婚約し、翌年の6月6日に結婚した。

その年の10月。軍平は以前から手をつけていた仕事があったので、2週間ほど休暇をもらい、横浜在根岸不動の滝下に小さな部屋を借りた。何とかして一般の人に理解できるような形でキリスト教を紹介したいという熱い思いを忘れたことがなく、少し前から構想を立てていたのだ。ひとたび筆を取ると、まるでせきを切ったように文章が流れ出してきた。彼が書きなぐるそばから、機恵子がそれを清書していった。こうして不朽の名著『平民の福音』は完成した。

「日本の教化――それは難業である。ところが、今やそれが可能であることを十分に示してくれるものが現れた。山室軍平氏の『平民の福音』である。これは日本の社会にキリスト教を植えつけ、人心を改め向上させるこの上ない武器となるだろう」

ある新聞は、このように報道した。また、植村正久は、これを名著と称え、主宰している『福音新報』に広告を出してくれた。

そんなある日のこと。それは軍平にとって忘れられない日であった。三崎町の長屋に戻ってくると、機恵子が手招きする。奥の座敷には24、5の娘が寝かされていた。彼女は痩せ衰えて、顔は土色をしていた。そして時折、苦しそうにせき込んだ。聞くと、三島の遊郭で客を取らされていたが、あまりにひどい扱いに耐えかねて逃げ出したところを別の男にだまされ、売られたのだった。

彼女を買った男はひどい男で、ろくに食事も与えずに酷使し、殴る、蹴るの虐待をするので、すきを見て横浜から歩いて来たのだという。医者に見せると、命に別状はないと言われたが、なにしろ心身ボロボロですっかり弱っている上に、気持ちがすさんで、人を信じるということができなくなっていた。彼女はうわごとのように「死にたい・・・」と漏らしていた。その時、軍平の目に彼女の顔が昔、貸座敷で彼に助けを求めた娼妓の顔と重なった。

「機恵子。これから救世軍で廃娼運動をしていこう。こういうかわいそうな娘たちが、二度とこういう思いをすることがないように」

「はい。私もそれを考えていました。まだ年もゆかない女の子が身を売るなんて、社会の恥です」

2人はこの呪わしい制度を何とかなくすために、立ち上がったのだった。(続く:廃娼運動の火

■ 貧民救済に命懸けて:(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(最終回)

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(イーグレープ、2015年4月)がある。

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