藤崎裕之
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うめき叫ぶ(その2)出エジプト記2章23、24節 藤崎裕之
聖書にはイスラエルの人々が神を忘れていたとは書いていない。まして、神がイスラエルを「忘れていた」と語るのは論外であろう。ではあるが、どうしても私には、相互に忘れていたのではないかと思えてならないのだ。
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うめき叫ぶ(その1)出エジプト記2章23、24節 藤崎裕之
ここ数日、ものすごく鬱々(うつうつ)としてどうしようもない気分であった。今は日曜日の夜なので、かなり晴れやかな気持ちである。なぜそうなったかはご想像に任せよう。教会から帰って妻と一緒に依存症の講演をネットで見ていた。
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神は必ず顧みてくださる 創世記50章24〜26節 藤崎裕之
最近、「帰還権」なる言葉を聞いた。今まで聞いたことのない言葉だったので少し戸惑った。私は19歳で高知を離れ、たまの帰省を除けばほぼほぼ故郷外で過ごしている。既に高知には帰るべき家もないので、帰省をしてもホテル泊となる。
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イエスの遺体は盗まれたのか(その2)ルカ福音書24章1〜12節 藤崎裕之
子どもの頃(10歳くらい)にイエスの十字架から復活に至るまでを聖書で読んだことがあった。正直言って怖くなった。その理由は今も謎のままだ。イエスは復活したのではなく、誰かがその遺体を移動したのではないか、そう考えるのは…
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イエスの遺体は盗まれたのか(その1)ルカ福音書24章1〜12節 藤崎裕之
墓にイエスの遺体がなくなった。その事実に気付いた婦人たちに天使らは言った。「なぜ、生きている方を死者の中に捜すのか」。イエスの遺体がなくなってしまうことに懸念を抱いた人たちがいた。イエスが復活したと信じる人が出てくる…
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平和を実現する人々は幸いである マタイ福音書5章9節
聖書の中のほんの短い字句を切り取って何かを語ることに、私は感心しない。聖書の言語は少なくとも2つ、ヘブライ語とギリシャ語が主であるが、言語学的な分類によれば、この2つの言語は語族が全く違う。
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天にお金は積めません(その3) マルコ10章17〜22節
悲しみながら去っていった金持ちの男。何ともやるせない気持ちになる。聖書で語られている事柄を映像として思い描くのは難しい。ありがたいことに、聖書の場面はしばしば「絵」として描かれる。「絵」から得られるインスピレーションは何ともありがたい。
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天にお金は積めません(その2) マルコ10章17〜22節
「今」達成できたら、これからは楽になるだろうと思うことがたくさんある。「今」十分な富を手にすることができれば、「将来」は随分と楽になるだろうと言えば、分かりやすいだろうか。実際は「そんなことはありません」という答えしか返ってこないだろう。
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天にお金は積めません(その1) マルコ10章17〜22節
せめてお金で解決できたらと思うことがある。そして、それは全く意味のない願望であると、打ちひしがれることもしばしばある。普段、自らの信仰を振り返ることはあるにはあるが、どこまで真剣なのかというと、疑問がある。
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十字架を背負う(その2) マルコ福音書8章31節〜9章1節
宗教というものは、究極的に言えば「表現」である。ただ漠然と存在しているだけでは、時代に淘汰(とうた)されるような気がする。うまく自己表現しなければ、生き残れないのではないか。
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十字架を背負う(その1) マルコ8章31節~9章1節
自らの十字架を背負わなければならない。自らの十字架であって、イエスが背負った十字架ではない。などということは口にすべきではない。なぜかと言えば、イエスの十字架と自らの十字架は別物だと考えるとしたら、イエスと自分を引き離すことになるからだ。
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都合の悪いお言葉(その2) マルコ福音書10章1~12節
私たちは頑固である。とイエスは言われた。確かにその通りなのであるが、心のかたくなさと離婚問題は、どのような関係があるのだろうか。ファリサイ派によると、モーセの律法では「離縁状を書いて離縁する」ことを許しているらしい。
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私の名を使って(その3) マルコ福音書9章38~41節
イエスいわく、「私たちに逆らわない者は、私たちの味方なのである」。正直なところ、これは相当に理解できない言葉だと思う。イエスが言われる「私たち」というのは、イエスと弟子たちのことだろう。
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私の名を使って(その2) マルコ福音書9章38~41節
「私の名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、私の悪口は言えまい」とイエスは言われた。何とも含蓄のある言葉ではないか。イエス・キリストの名を使うというのは、キリスト教の世界では、まあまあ普通のことである。
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私の名を使って(その1) マルコ福音書9章38~41節
キリストの名前を使って悪霊を追い出す、というのは私にはなじみのない行為である。癒やしを頼まれたというのは数回しかなかったが、もちろん、頼んだ相手はキリストの名前によって癒やしを求めているのであって、「私の力」に信頼してくれたわけではない。
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復活はないのか(その2) マタイ福音書28章
兵士たちは、祭司長や長老たちから多額の金を受け取ってうその証言をした。「弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った」と。見張り役としてはどうかと思う。自分たちが全く見張り役になっていないことを、証言させたことになる。
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復活はないのか(その1) マタイ福音書28章
マタイによる福音書によると、祭司長や長老たちは、イエスの遺体は誰が盗んだため、墓から消え去ったことにした。つまり、彼らはイエスの遺体が消えたことはある程度認めたわけである。
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罪とは都合の良い言葉である(その3) マルコ福音書14章27~31節
ペトロはなぜこのような、すぐに「バレる」うそをついたのか。どう考えてもペトロの言葉は、その顛末(てんまつ)がまる分かり過ぎだ。だからといって、私はペトロを責めているのではない。
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罪とは都合の良い言葉である(その2) マルコ福音書14章27~31節
聖書が語るペトロの姿は多様である。と言えば驚くであろうか。ほとんどの人が思い浮かべるのは、ガリラヤ湖で漁師をしているペトロの姿ではないだろうか。イエスがペトロを弟子としたのは、ガリラヤ湖畔での出来事だ。
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罪とは都合の良い言葉である(その1) マルコ福音書14章27~31節
全世界的にレントである。久しぶりに東西教会が同じ日に復活祭を迎える。「お宅はいつですか」と聞かれることもないので、それはそれでうれしい限りである。さて、昨年であったか、日本ではLGBT理解増進法と呼ばれる法律が施行された。
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