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不条理なる死を不可知の光で中和せよ

犬も歩けば棒に当たる的な(その3)

2025年1月2日13時42分 コラムニスト : 藤崎裕之
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関連タグ:藤崎裕之
不条理なる死を不可知の光で中和せよ―キリスト教スピリチュアルケアとして―(70)+

不条理なる死を不可知の光で中和せよ―キリスト教スピリチュアルケアとして―(70)

※ 前回「犬も歩けば棒に当たる的な(その2)」から続く。

光を遮断するのは難しい

イエスは来たのだ。あらゆる意味でイエスは来る。それは、光がわれわれに向かってくるがごとくである。実は、光を完全に遮断するのはかなり難しいことだ。夜になれば、少なくとも太陽の光は届かないが、それでも至る所に光はある。多くの人が夜空を眺めることさえ珍しくなっただろうが、そこにも確かに光はある。人間が作り出さない光である。

われわれは夜空に何を見るであろうか。月夜に照らされた雲か。満月を横切って行く鳥たちか。昔の人々は魔女も見えたし、天使も見えたのだろう。現代人はそもそも夜空を見ないから、怪しいものすら見えない。何とも風情がない。

光がある間に光を避けるというのは相当にやっかいだ。窓を全て塞いだとしても、光は反射に反射を重ねて進入してくる。昼間に完全な暗闇をつくるのは本当に難しいのだ。イエスが世の光であるというのは、そういうことなのだ。イエスは来る。われわれの目の前に迫ってくるのだ。

最終的にイエスを拒絶するのは、本当のところはわれわれの心である。まあ、それはイエスに限らずではあるが。良いものも、悪いものも、さまざまなものがわれわれの眼前に押し寄せてくる。この世には善も愛もある。それらがわれわれの元に来てないというわけではない。われわれが気付いていないか、もしくはわれわれの何かが良きものを遮っているだけなのだ。

イエスは素通りしない

「安心しなさい。私だ」とイエスは何度繰り返さなければならないのか。それは、われわれの想像以上ではないのか。

われわれは「安心してください。私はここにいます」と神に申し上げることはしない。しかし、よくよく振り返ってみると、実のところ、案外と恩着せがましく神に対して考えたり、演じたりしていないだろうか。よくよく考えてみるべきだ。神は、われわれが神に顔を向けないことで不安になったりしないのだ。

しかし、われわれは勝手にそのようなことを考えることがある。「この小さな教会を、この小さな集会を、ぜひとも神よ、あなたに味わっていただきたい」と思ってやしないか。いや、実際にそのように思っていることがあるから厄介なのだ。少なくとも私はそういうことを繰り返している。われわれが神に対して恩着せがましくなるのは、われわれ人間の弱さであり、罪深きことではある。しかし、罪深いけれども、神を意識しているだけましなのかもしれない。

「安心しなさい。私だ」と繰り返し語らねばならないのは、神の残念であり、悲しみであるのか。あるいは、それが神の役割と考えるべきか。さて、どうであろうか。そのように考えつつも、怒り狂っている神の姿というのは、私にはあまり想像ができない。

われわれは身勝手であるから、絶望的な状況になればなるほど神を渇望する。だから実のところ、絶望ではないのかもしれない。絶体絶命の時に祈りをささげる相手がいないというのは、全く悲惨過ぎるのであるが、「そんな時にしか」神を思い出さないとしても、それが完全に罪深いことだろうか。

湖上で嵐に遭遇し、どうにもならない状況で「幽霊だ」と叫び声を上げている弟子たちは、不信仰限りなしではあるが、だからといってイエスにとっては、それは突き放すほどのものでもなかったのだ。イエスは素通りしないで「安心しなさい。私だ」と諭すのだ。

ペトロは渇望する

何を思い立ったのか、ペトロは「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください」と願う。水の上を歩くことを願ったのか、それともイエスの元に一刻も早く行きたいと願ったのか。ペトロは「水の上を歩いて」イエスの元に行きたかったわけである。それは弟子の代表としての自覚であろう。

誰よりも「私」が歩いてそちらに行くというのが大事なのだ。水の上を歩くのも、イエスの元にはせ参じるのも、まずは「私」なのだ。これぞ素晴らしい信仰ではないか、と私は思う。イエスの命じる通りに、イエスの力で、水の上を歩いてイエスの元へはせ参じるのだ。それができるとペトロは信じている。全くもってあり得ないほどに迫力満点の信仰なのだ。誰がそれほどの信仰を持っているのか!

人生の境目

しかし、予想通りに迫力満点の信仰というものは「やらかし先生」となってしまう。ズブズブと水の中へと消え去るのみだ。犬も歩けば棒に当たるとは、日本のことわざ風の何かであるが、そこに込められている真意は「経験」ということであろう。身を持って知るということだ。

人間は砕かれる。何度も砕かれ続けていく。それは良いことだ。何事もチャレンジしなければゼロのままだ。信仰とはそういうものである。嵐の湖の中を歩いてみるのも経験だ。神に不可能はない。しかし、人間には不可能だらけだ。光から逃れられない人間は幸いである。神を完全に見失っていない人間は幸いである。

この日のペトロのような迫力満点の信仰を継続するのも不可能だ。大抵の人間は、信仰を持ち得たときにこそズブズブと水の中に消え去る。実は大した信仰もないと気付いたときに、「お助けください」と言えるのか、それともそんな自分に失望して水底まで落ちてくのか。人生というのはそれこそが境目なのだ。「主よ、われらをお助けください」(終わり)

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◇

藤崎裕之

藤崎裕之

(ふじさき・ひろゆき)

1962年高知市生まれ。明治から続くクリスチャン家庭に育つ。88年同志社大学大学院神学研究科卒業。旧約聖書神学専攻。同年、日本基督教団の教師となる。現在、日本基督教団隠退教師、函館ハリストス正教会信徒。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
関連タグ:藤崎裕之
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