雲海の彼方に(10)天国の義母への詫び状 高橋幸夫

2014年12月23日07時16分 コラムニスト : 高橋幸夫 印刷
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天国の義母への詫び状

「お疲れ様でした。義母さんの笑顔を何時までも忘れません。有り難うございました」

この言葉は、義母さんの棺に入れた寄せ書きの中の私の言葉です。

まさか、こんなに早く天国に召されるとは、夢にも思いませんでした。あんなに元気で働き者の義母さんが、と今でもあの大きな笑い声が聞こえてくるような気がしてなりません。

義母さんは、若い頃に畑仕事が不得手でお舅さんとの折り合いが悪いために、3人の幼い子どもたちを田舎に残して単身上京し、編み物学校で資格を取得したそうですね。そして、粒々辛苦の末、ついには田舎に小さいながらも、念願の編み物学校を建てられました。

その直後、学園の後継者にと考えていた家内を、東京に住む私が、突然、「お嫁に下さい!」と切り出したときの義母さんの複雑な表情を、今でも忘れることが出来ません。きっと、義母さんにとっては青天の霹靂(へきれき)だったのでしょうね。

しかし、結局は「子故(ゆえ)に迷う親心」渋々、結婚を許してくれました。辛い思いをさせて「ごめんなさい」

さて、これからは皆で、田舎に残された義父さんに、精一杯の親孝行をします。ですからどうぞご安心下さい。

最後に、悲しみの中で、ちょっとした楽しいお話しがあったことをお聞かせしましょう。

あの5月5日、義母さんのお骨と共にお寺に向かう途中でした。

一羽の白鷺が突然、田んぼから飛び立ちました。それを見たお義姉さんが、「あれは、きっとお母さんだわ!」と大きな声で言いました。と、その瞬間、私の脳裏には開港間もない地元のセントレア国際空港(中部国際空港)の名が浮かび、思わず、「きっと、義母さんが『みんな、しっかりせんとりゃ、あかんよ!』って言ってるんだ!」と言うと、皆は、大爆笑でした。

義母さん、これからも、こんな調子で明るく元気に生きていこうと思っていますので、天国で見守っていてください。では又。

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高橋幸夫(たかはし・ゆきお)

1947年、東京生まれ。68年、東京都立航空工業高等専門学校機械工学科卒。同年小松製作所入社、海外事業本部配属。78~83年、現地法人小松シンガポールに出向駐在、販売促進業務全般に従事。この間、アセアン諸国、ミャンマー等に70回以上出張する。88~93年、本社広報宣伝部宣伝課長として国内外の広告宣伝業務全般及び70周年記念のCIプロジェクト事業の事務局として事業企画の立案・推進実行に従事。欧米出張多数。93年、コマツのグループ子会社に出向。98年、早期定年退職制度に従い退職。2006年、柏市臨時職員、柏市介護予防センター「ほのぼのプラザますお」のボランテイアコーデイネータ。07年、天に召される。

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