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正木弥 正木弥 (まさき・や)  

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

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正木弥

なにゆえキリストの道なのか(186)キリストを信じたら何か良いことがあるのか? 正木弥

欲しいものが手に入るとか、欲望が満たされるといったことではなく、それらの根底にある良いもの、すなわち真の幸福が得られます。キリストを信じたら次のように、良いことがたくさんあります。

2019年03月16日12時54分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(185)占いに頼ってはいけない? 正木弥

占いは、古今東西、さまざまな物に現れる現象により、近い将来の出来事を予知しようというものです。初めは興味半分当たらなくても気にしない程度から始まって、ある時、当たったかなと思い当たることが出てくれば、段々とそれにとらわれてくるようです。

2019年03月09日6時52分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(184)人間は自然に返れば万事うまくゆく? 正木弥

ライオンは必ず毎日のように1頭のシマウマかカモシカかそのような動物を殺して食べなければならない。そうしないと自らが生きられない。肉食動物と食べられる動物はいつも追いつ追われつの毎日です。

2019年03月02日11時37分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(183)千年王国はどう考えたらよいのか? 正木弥

いささか学問的で恐縮ですが、千年王国論とは、この世と来るべき世の間に、正義と繁栄と平和の千年期(長い期間)があるとするものです。これについては、初期の教会の時からさまざまな説があり、確定的見解は出ていないようです。

2019年02月23日14時53分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(182)終末があるとすれば、それはいつか? 正木弥

終末はもちろんあります。初めがあったのですから、終わりもあるはずです。聖書は2千年前から「終わりの時が近い」と告げています。しかし、そうはなりませんでした。

2019年02月16日7時06分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(181)終末は来ない? 正木弥

この世界の課題は終末的だという人もいます。人口の激増による食糧や水の争奪戦、地球温暖化による気候変動、核戦争などの危機が叫ばれています。いやそれ以上に、人口を容れる広さの大地が不足してくることだという人もいます。

2019年02月09日9時08分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(180)天国はなくてもいい? 正木弥

科学技術や医療技術は日進月歩で発展し、社会のシステムもある面で進歩しています。それに伴い、生活はどんどん便利になり、快適化も進んでいます。しかしその一方で、昔はなかったような負の面も多く顕在化してきました。

2019年02月02日8時27分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(179)復活なんてなくていい? 正木弥

これはある種、動物的な人生観ですね。人生を、社会を、世界を見つめない。考えずに、ただ流されるままに生きる、と。しかしそうはいっても、やはりどこかで考えていますね。人間は動物や植物と違って考える存在ですから、考えずにはいられないんです。

2019年01月26日19時47分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(178)キリストはいざ知らず、私たちが復活するの? 正木弥

人が神様を信じ、受け入れると、その人の心の奥底に種(聖霊)が宿り、体外から良いものを取り入れ、その人を成長させ、とき来たらば、天国で活動するにふさわしいからだを造りあげてくれるようです。

2019年01月19日8時24分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(177)私たちのからだが復活する、とはあり得るのか? 正木弥

私たちの肉のからだはいったん死んで、魂と分離して分解します。からだの組織は崩れ、細胞は分解し、タンパク質に戻り、タンパク質はアミノ酸になり、アミノ酸は元素に分解します。

2019年01月12日9時35分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(176)キリストはもう一度この地上に来られるというのは本当か? 正木弥

神は時間を創造し、空間を創造し、この世界を創造されました。それは、神の子として生き、共に楽しむための人間を創造し、導くためでした。だから、この世界・この時間はこの目的に向かって動いております。

2019年01月05日10時15分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(175)神が愛ならどんな人でも天国に入れてくれたらいいのに 正木弥

神は愛だけではありません。愛であるとともに、あるいはそれ以上に、聖なる神であります。聖ということは義であることにつながり、汚い者、不義なる者、罪や悪と同居できない、そのようなものを受け入れることができないのです。

2018年12月29日19時54分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(174)天国へ行って、そこで何をするのか 正木弥

喜びや楽しみの生活以外に、そこで何をするのかは明瞭には示されていません。しかし、「(死人の中から復活する・・・人たち)彼らは、御使いのようであり、また、復活の子として神の子どもだからです」(ルカ20:35、36)とあります。

2018年12月22日12時55分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(173)天国は本当にあるのか 正木弥

天国は本当にあります。天国は、他宗教でも名前が違うことはあっても、あると主張されていますが、新約聖書では「天の御国」とか「神の国」とかの名前でたくさん記述されています。

2018年12月15日18時43分

正木弥

なにゆえキリストの道なのか(172)天国は信じる者の心の中にある? 正木弥

天国といっても、人の心の中だけで心理的に存在するものにすぎないではないか、という質問ですね。それなら、「そうではありません」と答えましょう。ご質問は、ルカ福音書17章20、21節から発しているかと思います。

2018年12月08日20時58分

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