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新日本語訳聖書記念連載

ヘボンと日本語訳聖書誕生の物語(16)日本人のための聖書

2018年11月21日16時44分 コラムニスト : 栗栖ひろみ
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関連タグ:ジェームス・カーティス・ヘボン

世は明治となり、新しい時代が始まったが、キリスト教については相変わらず禁止令の高札が掲げられたままであった。そのため、新政府が欧米使節の派遣計画を出すに当たって、政府の相談役になっていた宣教師フルベッキは、「条約批准」と「キリスト教問題」についての建白書を大隈重信に提出していた。

大隈はこれを岩倉具視に提出し、幾つかの進言をしたので、岩倉はフルベッキを呼んでその意見を聞いた。フルベッキは、キリスト教禁止の高札が掲げられている限り、他国は日本を民主国家と認めないでしょうと進言した。岩倉はその言葉を心の中に留めておいた。

一方、ヘボンは辞書も完成したし、売れ行きもよかったので、ここで本来の使命である聖書の日本語訳の仕事に心血を注いだ。上海に行っている間に、共同訳のメンバーの個人的事情がいろいろな形で作業の進行を遅らせていた。

横浜大火で礼拝堂も自宅も焼失したブラウンは、心身が不調になり、帰国してしまった。やむなくヘボンは、タムソンとバラと3人で共同訳の仕事を再開した。「マタイによる福音書」から始めて、4日かかって1章を改訂すると、それを長崎に送った。すると、長崎にはフルベッキと聖公会主教C・M・ウィリアムズがいてそれを見、細かく意見を書いて送り返してくれるのだった。

聖書は神聖な書物であると同時に、すべての人に親しまれるものでなければならない――というのがヘボンの考え方であった。そのため、彼は今まで進めてきたような漢文では意味は読み取れても、読む人の心の琴線に触れることはできないと考えた。

(聖書の文体は、簡潔でありながら格調の高い、情緒あふれる文でつづられている。だからこそ、学のない者でも暗唱し、口ずさんで魂の糧としてきたのではないか)

ヘボンは思うのであった。彼の心に再びギュツラフの聖書の文面が浮かんだ。ギュツラフは英語の聖句を漂流者たちに聞かせ、それに当たる日本語を彼らから聞き、一語ずつはめ込んでいったのではないだろうか?たとえば、Whosoever believeth in him should not perish. という英文を彼らに聞いて当てはめると「ミナニンヒトニゾンジル クサラヌタダシワイノチヲ アランカギリアルユエ」となるわけだ。

ヘボンはこの聖句を自分なりに訳してみた。「すべての者の彼によりて永遠の命を得んためなり」。こうしていけばいいのだ。彼は魂を注ぎ出し、日本人の心に響くような訳を一語一語考えながら改訂を続けていった。

同時に、彼はノートのローマ字をカタカナに移してみながら、カナ文は知的な要素が乏しく、軟弱で無感動の印象を与えることに気付いた。そのために全文カナでつづることは避けようと思うのだった。

このような発見を他のメンバーにも伝え、あくまでも日本人の心を大切にし、彼らの心に響くような文章に訳すことを心がけるよう申し合わせた。

1871(明治4)年。いよいよ、かねてから計画されていた欧米使節の派遣が実現することになり、日本中の人の心に明るい希望がともされた。100人を超す一団の中には、かつてヘボンが教えた安藤太郎、原田一道、そしてクララ塾に通った林董(ただす)らがいた。

ニュースを聞いて埠頭(ふとう)に駆けつけたヘボン夫妻は、教え子たちの成長した姿に目を潤ませた。

「先生!」。林董は呼びかけると、英語の聖書を高く掲げて見せた。ヘボンは大きくうなずいて手を振った。

同じ船で北海道開拓使である黒田清隆長官の資金による第1回女子留学生たちも同行した。その中にはクララが教えた益田孝の妹繁子や山川捨松、ブラウンが教えた上田貞などがいた。

その中でも貞に手を引かれた6歳の津田梅子のかわいらしい姿は人目を引いた。彼女が大切そうに肩からかけているカバンの中には、ヘボンの辞書『和英語林集成』が入っていた。

岩倉具視を団長とする一行は、行く先々でキリスト教を迫害する国民として批判を受けた。アメリカの大統領グラントは、信教の自由を許すよう強く勧告した。ヨーロッパに入ると、非難は一層強くなった。この時、岩倉具視はフルベッキの忠告がいかに正しかったかを痛感したのだった。

帰国するや、一行はただちに政府に「キリスト教禁止」の高札を取り下げるよう要求した。同じ頃、駐米弁務官森有礼からも政府宛てに「信教の自由」を説く建白書が届いた。

この時、ヘボンはアメリカのJ・タッパンから贈られた聖書を明治天皇に献上し、天皇はこれを受理したのだった。

*

<あとがき>

ヘボンが中心となって行われた聖書の共同訳事業は、驚嘆すべきわざでした。第一に、携わった人々がすべて欧米の人であり、彼らと日本人が手を取り合って行われたという点です。

次に、日常会話においてもまだ片言しかしゃべれなかったヘボンが、日本語の美しさを感じ取り、聖書の文体を「格調の高い、情緒あふれる文体にし、どんな人でも口ずさむことのできるもの」にすべきであると考えたことです。これは日本人でさえ考えつかなかったことでした。

一方、ヘボンの友人で宣教師のフルベッキの働きも驚嘆すべきものでした。彼は政府高官の相談役として、文明開化の世の中になっても依然としてキリスト教禁止令の高札が出されていることを指摘し、政府に忠告しました。

果たして、欧米使節団が外国を巡った折に、行く先々で日本がキリスト教を迫害する国として非難を受けました。政府高官の一人である岩倉具視はフルベッキの忠告がいかに正しかったかを思い知ったのです。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
関連タグ:ジェームス・カーティス・ヘボン
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