なにゆえキリストの道なのか(32)聖書を教える“エホバの証人”はキリスト教ではないのか 正木弥

2016年3月20日23時08分 コラムニスト : 正木弥 印刷

聖書を教える“エホバの証人”はキリスト教ではないのか。

エホバの証人とは、“ものみの塔聖書冊子協会”に連なり、その鼓吹する教理を信じ、生きる人々のことをいいます。チャールス・テイズ・ラッセル(1852~1916年)が、キリスト教の基本的な教理に疑問を抱き、プロテスタントのセブンスデー・アドベンチスト教会についたり離れたりしながら、1884年にアメリカで設立したものです。

彼は自分の考え方を何冊かの本にまとめて出版し、新しい伝道方法で同調者を集め、次々と新しい教理を付け加えていきました。1931年からこのグループの名を“エホバの証人”としました。

その教理がキリスト教のそれと違う主な点は、以下の通りです。

➀ 神について、三位一体論ではなく、単一神論を採ること。「キリストは神でない、大天使だ」とか、「人間である」とか主張しています。また、「聖霊は神の活動力だ」とも主張しています。〔聖書を正確に読めば分かる“キリストの二性一人格”を信じることができず、聖霊については、その人格性を認めることができないわけです〕

➁ 死後は“無”になり、存在しない、永遠の刑罰はない。死後は神の記憶の中だけにあるのだ、と説く。天国へは、“無”から体が復活させられて天国に行く、というのです。〔永遠の刑罰を信じたくないので、無理な設定をしているようです〕

➂ 天国へは、忠実な証人14万4千人だけが行く、と説く。すると、500万人を超える大部分のエホバの証人は、天国に行けないことにならざるを得ません。この欠陥を緩和するために、信徒は死後、地上の楽園で水を汲み、薪を割る者になるのだとします。へぇー、これが楽園でしょうか。この世で、せっせと奉仕させられたあげくが、このような処遇とは・・・何と惨めなことでしょう。

➃ キリストは十字架にかかったのではなく、一本の杭(くい)にかかったのだ、とする。〔16世紀のユストゥス・リプシウスの論文の前段だけを根拠にした議論ですが、後段の主張「十字架にかかった」との記述を無視した不誠実な議論です〕

➄ 神の名は“エホバ”であり、この名を使わないと、神の不興をこうむる、とする。〔無論、そうは断定できません。少なくとも、新約聖書では“エホバ”と翻訳する根拠らしい根拠は一切ありません。古代の写本にも一切出てきません。イエスは、神のことをいつも“父”と呼んでおられました。「エホバ」と呼ばれたことは一度としてありません〕

➅ 輸血は神の律法で禁止されている、とする。〔旧約聖書で「肉は、そのいのちである血のあるままで食べてはならない」(創9:4)、「脂肪も血もいっさい食べてはならない」(レビ3:17)とあります。輸血を食べると同等に見なすべきか疑問が残りますし、また、血がだめなら、肉も脂肪もだめということになります。一つだけを強調して永遠の律法だと言うのはタメにする議論のようです。輸血の是非は医学にまかせるべきことです。聖書は、奨励も禁止もしていない、と読むべきです〕

加えて、エホバの証人は、過去にも、種痘について、臓器移植について、同じように禁止し、さまざまな葛藤があった後、結局それを撤回したことがあります。今、「神の永遠の律法だ」と言いながら、明日には撤回されるかもしれない、という無責任な団体なのですから、鵜呑みにすればバカをみるでしょう。

➆ バビロンによるエルサレム陥落は、BC607年のことだ、と主張する。そこから計算して、終末の年を導き出すわけです。〔しかし、そのような年数はエホバの証人以外は採用していない。あらゆる古代資料も歴史学者の研究もBC586年を指しています〕

終末預言を繰り返したが、無論、当たらなかった。(1914年、1925年、1975年など何度も)。そのほか、「ヨーロッパの目下の大戦は聖書のハルマゲドンの開始だ」「第一次大戦で勝利する国はなく、全ての国が滅びる」「1918年に教会が滅びる」「大英帝国がナチス・ドイツによって滅ぼされる」「第二次大戦では枢軸国も自由主義陣営も決定的勝利を収めない」など、外れた預言を繰り返しました。〔後に間違いを認め、「光が十分でなかった」と弁明しました。また、「間違いを認めたのだから、寛容になってください」とも開き直りますが、そんな無責任な宗教団体なのです。それに振り回されて人生を賭けた信徒たちは哀れですね〕

エホバの証人は、その“統治体”を神権組織だとするが、その指令、考え方、決定事項を「ものみの塔」(2016年から奇数月発行)、「目ざめよ!」(2016年から偶数月発行)によって末端まで完璧に伝え、テーマごとにまとめられた書籍などによって末端に至るまで的確に教育し、守らせます。また、その組織は、カトリック教会以上のヒエラルキー的ピラミッド型社会を形成しており、各職階も各信徒も、組織について、統治体の決定事項について、疑問を投げかけたり、異論を言うことは完全に封じられています。もし、それをすれば、組織から“排斥”され、言葉を交わすことも、あいさつすらも禁止されます。つまり、組織絶対の宗教です。〔組織コントロール〕

そもそも、“統治体”なる機関は法人の機関ではなく、どこにも根拠付けがなく、統制するものがありません。構成員がどのようにして選ばれるのか、その資格は何なのか、任期とか権限とかどうなっているのか、会長はどのようにして選ばれるのか、等々、何も知らされていません。大変不明瞭な組織なのです。組織の決算とかもなされず、少なくとも発表されません。このような雲をつかむような組織に絶対服従して大丈夫でしょうか。

エホバの証人が用いる聖書は、『新世界訳聖書』ですが、単一神論など、自らの教理に合わせて改ざんしています。教理は聖書から導き出すものですが、エホバの証人は、教理に合わせて聖書を変えてあるのです。これは神の前で実に重大な罪です。そのようにする者は、神からの災害が加えられ、神の祝福から取り除かれると書かれています(黙示録22:18、19)。この一点だけでも、エホバの証人は、神への犯罪集団としての評価を受けなければなりません。*『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(正木弥著ビブリア書房刊)を参照してください。

ものみの塔聖書冊子協会の出版物は、論証の仕方が誠実でなく、他資料の引用の仕方がだましに満ちています。例えば、「Aであるが、Bの点を考えなければならない」との文献を「Aである」の部分だけを紹介するなど。

一般の方に聖書を教えると言って近づきますが、実際は、聖書についての(ものみの塔聖書冊子協会の)“出版物”を読み交わすのです。学びの理解を確認する風を装いながら質問をしますが、答えはそこに書いてある文言から答えさせ、それ以外はたとい同じ趣旨の言葉であっても、そっと誤りの扱いをするのです。王国会館での学びの時に、大勢の信徒の前で(そっとではあっても)間違い扱いをされて恥ずかしい思いをすることのないように予習をし、そこに書いてある言葉で考え、その言葉で答えようと自己統制をすることになります。そのように追い込むのです。これを繰り返すことにより、その出版物に書いてある言葉通りに正確に相手に刷り込むのです。〔思想コントロール〕

第一線のエホバの証人は、最低でも週6時間の野外奉仕(戸別訪問)が実質上ノルマ化されており、そのための王国会館での学びが週3日もあるので、家事がおろそかになります。加えて、夫や家族との語らいの中でエホバの証人の考えに合わないものをサタンのものだ、と言いますから、口論が絶えなくなり、だんだんと家庭破壊が進み、多くの証人宅で家庭内離婚が常態化します。[それで離婚にまで進まないのは、証人である奥さんが生活に困らないよう、離婚に同意しないためです]

また、上記の野外奉仕に従事するため、通常のフルタイムの職業に就けなくなります。子弟の大学進学も“組織”が批判的に取り扱いますから、諦めることになり、結果として、能力にふさわしい人生が送れなくなります。

エホバの証人は、行動をさまざまな面で規制します。上記の輸血をすること、誕生日やクリスマス・母の日を祝うこと、年賀状を出すこと、お歳暮やお中元をやりとりすること、柔道・剣道など格闘技をすること、政治家になったり、政治に関わること、選挙・投票をすること、警察官・自衛隊員になること、学級委員になることなどを禁止します。女性はスカートをはき、手提げ袋に傘という服装、男性は白のワイシャツにネクタイの姿を求められます。実に窮屈な規制です。

子どもはおとなしくついて来るように、幼少の時からゴムホースなどで叩くなどしてしつけますから、縮こまってしまいます。〔これらが行動コントロールです〕

万一組織から“排斥”(除名)されれば滅びる、との恐怖感を植え付けられています。そうなると、「異論を言えない」ことになり、絶対服従へと追いやられます。〔感情コントロール〕

戦前に、エホバの証人日本支部を創設した明石順三(1889~1965年)は当時の官憲に検挙され、拷問を受け、しかし、良き証しをし、投獄生活に耐えましたが、戦後釈放されたとき、その間に教理が少し変わっているのに気付き、7項目の質問状を提出しました。すると、いきなり排斥処分(破門)されてしまったのです。投獄・拷問にも耐えてすら、このようになるのです。

また、“証人”に批判的な書物は読んではいけない、インターネットも見てはいけないと情報遮断されます。信徒から批判力を奪い取ってしまうのです。〔情報コントロール〕

このように、思想・情報・行動・感情の各方面からコントロールされ(これをマインドコントロールといいますが)、組織の奴隷になっているわけです。そして、いったん証人になれば、証人外の人の言うことを聞き入れません。

エホバの証人には、外見上いい点が目につきます。伝道熱心であること、親切で優しい、丁寧であることなどです。しかし、前者は組織のノルマによるものですし、後者は王国会館で、戸別訪問に向けたロールプレイなどの訓練の産物です。つまりは、造られたもの(仮面)であることを忘れてはなりません。

以上を一言でいえば、エホバの証人は、カルトです。彼らは、聖書を持ち出したり、キリスト教への信用に便乗して、クリスチャン会衆だとか何だとか言いますが、そうではありませんから、十分注意してください。彼らが「聖書を一緒に読みましょう」と言っても応じないでください。うっかり入ると、マインドコントロールされるので、出るのは不可能に近いのですから。

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正木弥

正木弥(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版
ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書
ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ
創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から
なにゆえキリストの道なのか

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ

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