非暴力で差別と闘った人―キング牧師の生涯(12)実を結んだ非暴力の種

2015年12月24日18時24分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷

1966年になると、全米はベトナム戦争のために揺らぎ、連邦政府は貧困や差別問題に対する政策を遅らせていた。9月には新しい公民権運動案が否決されたことから、黒人の間に不満がくすぶり、しびれを切らせて一部の者たちはもはや非暴力の手段に頼ることができず、「ブラックパワー」を主張する叫びが高まっていった。

キングは「戦争」と「人種差別」を同じ重量を持つ悪と考えており、全米各地の自由運動の指導者たちと手を携え、撤廃に向けてさまざまな計画を立てた。彼は1967年2月25日にシカゴ・コロシアムで大群衆を前にして、自分の信念について語った。

「今、この狂気を止めなくてはなりません。今すぐに。ベトナムの戦火に打ちひしがれた貧しい人々のために、家を焼かれ、文化を失おうとしている人々のために、そして国内で望みを断たれ、ベトナムの戦闘で死の恐怖にさらされているアメリカの貧しい人々のために、私は抗議します」

5月30日。彼はジュネーブを訪れ、貴い血潮を流す無益な戦争をやめるように重ねて訴えた。国内では黒人の解放運動の道は依然として険しく、計画は片端からつぶされ、いら立つ黒人たちはもう待つことができず、各都市で暴動を引き起こした。ニュージャージーに続いてデトロイトで大きな暴動が起こり、4日間荒れ狂った末、33人の黒人と10人の白人が殺された。

その後、さらに黒人・白人両者の溝は深まり、暴動に対して果てしない暴力の応酬が続いた。1968年に入って間もなく、シカゴ小学校に入学した7人の黒人児童に対し、白人デモ隊は脅し文句を口汚く投げ付けた。そして、白人の差別廃止論者たちが無言でデモ行進を始めると、彼らに対してひどい暴力が加えられた。警官は、40分もこのありさまを眺めていたが、やがて彼らを逮捕した。

2月8日。警官隊と州兵がサウス・カロライナ州立大学の黒人デモ隊に発砲。3人の死者と30人の負傷者を出した。白人の報道機関はこの事件を白人に有利なように書き、黒人が一方的に暴動を起こしたように報道した。1週間後、ミシシッピー州アルコーン大学の黒人学生に警官隊が発砲。6人の負傷者を出したが、この事件は報道されなかった。

4月3日。キングは何かに引き寄せられるように、あのメレディスが狙撃されたメンフィスに行った。大集会を予定していたのだが、あいにく雨になった。それでも2千人あまりの人が詰め掛けた。

「あんたの話をみんな聞きたがっているよ」

アバナシーがこう言ったので、キングはレインコートを着て出掛けた。そして彼は聴衆に語り掛けた。

「輝かしい自由への道は前途多難です。でも私は恐れません。皆さんと同じように長生きがしたいけど、今はそれも問題でなくなりました。ただ神の御心を行いたいだけです。神は私を山頂に導かれ、約束の土地を見せてくださいました。皆さんと一緒にそこに行くことはできないけど、しかし、必ずや私たちはそこに着くことを知ってほしいのです」

なぜかこの時、聴衆は得体の知れない不安に胸を締め付けられるのを覚えた。彼らの一人が言った。これは告別の説教だと。

その翌日の4月4日。地元の教会の牧師サミュエル・カイルズに夕食の招待を受けたキングは、アバナシーと一緒に出掛けることになった。下では友人たちが車で待っている。

この時、アバナシーはひげそり跡にローションを付けるために部屋に戻った。キングはモーテルの手すりに寄りかかって彼を待った。その瞬間、ライフルの銃声が聞こえ、キングは飛び出してきた友人の前でのけぞり、仰向けに倒れた。

「マーティン! ラルフだよ。用意できたよ」。アバナシーはその体を抱きかかえて叫んだ。しかし、彼は動かなかった。首の傷口から血が流れ出し、右あごは砕けていた。

駆け付けた友人たちの手で病院に運ばれたが、その夜7時、キングは急患室で息を引き取った。

アトランタでは、ロバに引かれて出棺するキングに最後の別れを告げるために、おびただしい群衆が押し寄せた。白人も黒人も交じり、各界の著名人も、政府高官も、FBIの警察官も駆け付けた。その時、泣き叫びながら後を追う黒人の女の子をそっと抱きしめた白人の学生が、その耳にささやいた。

「キング牧師は今も生きているよ。白人と黒人が本当のきょうだいになれるように、お祈りをしてくださっているんだよ」

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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