日本カト部落差別人権委、シンポ「人間のいのちと尊厳」開催(1)平賀司祭のあいさつと崔牧師の提言

2015年11月8日19時31分 記者 : 行本尚史 印刷
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シンポジウムの司会者と3人の発題者=10月24日、東京カテドラル関口教会で

日本カトリック部落差別人権委員会は10月24日、東京カテドラル関口教会で2015年シンポジウム「人間のいのちと尊厳〜教会(わたしたち)は差別、排外主義にどう向き合うのか〜」を開催し、約40人が参加した。

初めに、同委員会委員長の平賀徹夫司教(仙台司教区)があいさつし、第二バチカン公会議の最後の公文書である『現代世界憲章』の29項「万人の本質的平等と社会正義」には、「全ての人が基本的に平等であることは、よりいっそう認められなければならない。社会的差別であれ、文化的差別であれ、あるいは性別・人種・皮膚の色・地位・言語・宗教に基づく差別であれ、基本的人権に関する全ての差別は神の意図に反するものであり、克服され、排除されなければならない』と明言されている」と指摘。

その上で平賀司教は、「そういう現実が、排外主義が横行している。われわれは神様の意図を具現していくに当たって、どのようにこの現実に対応し、乗り越えていったらいいのか、いつも問題だ」と述べ、この日のシンポジウムを通じて、「私たちがとるべき姿勢を学びたいと思う。何か新しい視点を得られたらいいなと思う」と語り、「人間として生きていく視点を広げ、私たちの思いを深めることができたら」と付け加えた。

シンポジウムの開始前に、ヘイトスピーチ(憎悪表現)とヘイトクライム(憎悪犯罪)の実態を伝えるDVDが7分間にわたって上映された。

日本カト部落差別人権委、シンポ「人間のいのちと尊厳」開催(1)平賀司祭のあいさつと崔牧師の提言
第二バチカン公会議の最後の公文書である『現代世界憲章』を手に開会のあいさつをする、日本カトリック部落差別人権委員会委員長の平賀徹夫司教

その後、聖心侍女修道会シスターの石川治子氏の司会で行われたシンポジウムでは、最初に在日韓国人二世である崔春子(チェ・チュンジャ)氏(在日大韓基督教会高槻伝道所牧師)が「『隔ての壁を越えて生きる』〜自己存在の現場から」と題して発題し、当事者として自身の体験の中から自らの存在を語った。

崔牧師は、「日本における人種・民族差別の歴史は長期化しているにもかかわらず、社会の表面には明確に現れにくい側面を持っている」と指摘し、在日韓国朝鮮人に対する人種差別について語った。

「在日朝鮮人とは、朝鮮が1910年に日本の武力によって併合され植民地化されてから1945年の敗戦までは日本国民の一員だったことの結果として、日本に居住することになった朝鮮人とその子孫である」と崔牧師は説明した。

「植民地政策下で在日朝鮮人たちが差別と偏見にさらされた」と崔牧師は述べるとともに、「日本に住むようになった経緯を見ると、日本による朝鮮半島への植民地支配や戦争動員の問題と切り離すことはできない」と語り、戦後も外国人登録法廃止から新入管法への移行後、国籍による差別を当然視するのが現在の入管行政の状況であると指摘した。

その上で崔牧師は、「ヘイトスピーチによってマイノリティーに属する人々の尊厳、人格権、平等権、平穏に生活する権利、表現の自由が害されている」とし、「このような状況下では暴力が支配し、民主主義社会も害され、平和な社会を構築することはできない」と述べた。

「日本政府は表現の自由を盾に取って人種差別を禁止する法律を制定しようとしていない」と崔牧師は指摘し、「故に、ヘイトスピーチやデモに対しては、都道府県・市区町村がうたっている平和・人権宣言都市の憲章を行使し、集会場使用の不許可など彼らに手を貸さないようにすることも、すべての住民を守る一つの手だてであり、重要であると思う」と述べ、それを市民運動として盛り上げていかなければならないと語った。

さらに、崔牧師は当事者としての自らの証しとして、在日69年を生きて考えること、在日韓国人女性の性と生、マイノリティーの中のマイノリティーを生きること、ディアコニアを生きることについて語った。

その中で崔牧師は、幼稚園の就職試験の面接を受ける前に、夫から通名ではなく自分の本名を伝えるよう言われ、就職先の幼稚園の園長にそれを伝えたところ、「もう雇うことはできません」と言われたという。「その時、私は日本が怖かった。日本の国が大嫌いだった」と崔牧師は語り、旧約聖書のヨナが神の命令に背いて逃亡する気持ちで、日本の国から脱出することを考えていた時期もあったという。「なぜこんな偏狭な民族差別をする国がどんどん豊かになっていくのかと疑ったくらいだ」と崔牧師は付け加えた。

崔牧師は大学の弁論大会でキング牧師の演説「私には夢がある」から発題し、日本の平和のバロメーターとは何かを問うたという。「その時、私は萎縮しながらも怒りをもって暮らしていたと思う。そうして悶々(もんもん)として生活していた時、二つの衝撃的な出来事によって、私の内にある隔ての壁は打ち砕かれ、私は大きく変えられた」と崔牧師は語った。

その一つ目は、本名で通していた自らの息子が登校拒否をしたことだったという。

「しかし、この登校拒否を通して、私は本当に自分の中にある罪というものに目覚めさせられた。それは日本の人々、あるいは日本の国に対する憎しみであった。この憎しみを取り除かなければ、そして日本を愛さなければ」と崔牧師。「それは(旧約聖書の)ヨナ書から学ばされた。ヨナはニネベを恨んでいた。私も(日本を)恨んでいた。しかし、本当に日本人を赦(ゆる)し、日本を愛さなければならないという思いが、私の内から、また祈りから湧き出て来た。その瞬間に私は何かから解放された思いを強く持った。そういう貴重な体験を、私は聖書のヨナ書の中から目を開かされた」と崔牧師は語り、「そして彼は夏休みが終わってから学校に登校することになった」と付け加えた。

崔牧師は自身の共著書『女・生きる 〜「女生神学塾」運動〜』(キリスト教女性センター編、かんよう出版、2013年)に言及し、衝撃的な出来事のもう一つは、1990年に「在日・韓国・日本」という女性神学セミナーが韓国で開かれた時に日本基督教団の河瀬伊勢子隠退牧師(故人)が語った言葉だったと述べた。

「河瀬牧師は集会が終わって私のところに来てくださって、『ごめんなさいね。つらかったでしょう』と日本での(私の)生活のことについて(言って)抱擁してくださった。その時に私は本当にまだ自分の中にある憎しみから解放されていなかったと思った。そして河瀬さんのその一言によって、私はもう一度悔い改めの時を持った」と崔牧師は回想し、「こういう形で私は本当に赦す、また愛することへと向かい、献身への道が開かれて今に至っている」と語った。

「ヘイトとか在特会の報道を見て、私は本当に胸が痛い。それを叫んでいる彼らを見て、私たちはもっと愛さなければいけないという思いに駆られている」と崔牧師は述べた。そして、「共に生きることは、やはり被害者も加害者も本当に深いところでお互いに尊厳と、人としての誇りを奪われてはいけないと思う。共に生きるということは、口で言うのはやさしいが、実践することはとてもとても難しい。痛みと犠牲が伴ってくる」と崔牧師は語り、「私も牧師だから、一番大事なのは、敵を愛すること。そこから新しい歴史が始まるのではないか」と結んだ。(続く

■ 日本カト部落差別人権委、シンポ「人間のいのちと尊厳」開催:(1)(2)

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