非暴力で差別と闘った人―キング牧師の生涯(10)苦難の公民権運動

2015年11月26日16時45分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷

1963年11月22日。一発の銃声がとどろき、ケネディ大統領が暗殺された。差別廃止運動を支えてくれた人の突然の死に、キング一家は驚き、深い悲しみを覚えた。幸い、ケネディの後に就任したジョンソン大統領も、ケネディ以上にキングたちの運動に理解を示したので、公民権を求める黒人たちの活動は一段と活発になった。しかし、それに対して白人たちの反発も依然として強く、彼らは権力機関、テロリストたちを介して妨害を続けた。

1964年3月29日。セント・オーガスティンで黒人と白人を含む9人の女性グループが、白人専用のモンソン・モーター裁判所の食堂からの退去を拒否したために逮捕された。この町の広場前には、奴隷市場が昔のままの形で残されており、町の名物になっていた。その前をKKK団(黒人を排斥する秘密結社)が公然と歩き回り、黒人に言いがかりをつけたり、暴行をしたりするのは日常茶飯事のことであった。

黒人歯科医R・N・ヘイリングはこの町にやって来ると、NAACP(有色人種地位向上協会)の地元指導者となり、非暴力の闘いを開始した。しかし、彼は学生たちとビラ配りをしたことから逮捕されたり、猟銃で脅されたり、自宅に爆弾を投げ込まれたりした。それに屈せずに行動していると、ある日KKK団によって250人がはやしたてる中で袋叩きにされて気を失った。すると団員の一人がガソリンを持ってきてその体にかけ、火をつけた。この時、見かねた群衆の一人がその場を抜け出し、保安官に通報。L・O・デービスという保安官がすぐにやってきてKKK団員を逮捕したが、すぐに彼らは釈放された。

その後、ヘイリングはひどいやけどを負って病院に入院したが、その間に自宅はライフル銃で穴だらけにされ、愛犬が殺されたのだった。彼は傷が回復してからNAACP支部長を辞任した。

キングは、心身共に深い傷を負った彼を慰め、自分の運動の協力者として手を携えていくことを誓った。

市当局のデモ隊に対する反撃も猛烈なものであった。75人の警官・保安官たちは、電流の通じた警棒を使って600人のデモ隊員をファースト・アメリカン・バプテスト教会の中に閉じ込めた。その際もみ合いが起きたが、警官たちは催涙ガスや消火ホースを使って彼らを痛めつけた。この時、35人の黒人が負傷し、94人が逮捕された。

5月26日。差別主義者として知られるヘイドン・バーンズが知事に当選すると、黒人デモ隊への暴力事件が頻繁に起きるようになった。その日、デモを行っていた黒人たちがひざまずいて祈っていると、KKK団の一人が、「黒ん坊の神様などいるものか!」と叫び、彼らが気を失うまでこん棒で殴り付けた。この時警官が来ていたが、何と彼らのなすがままにさせていたのである。そこへ来たNBCテレビのカメラマンは、チェーンで殴り付けられ重傷を負った。

こうした暴力の波は少しも静まることなく日を追ってエスカレートしていった。そして6月になって恐ろしい事件が起きたのである。新しいデモの形を模索するためにミシシッピーに赴いた白人学生グッドマンとシュワナー、黒人学生チェニーの3人がヒステリックな白人の群れに襲われ、車で連れ去られてしまった。

(リンチされるか、殺されるかもしれない)。こう考えると、キングはいてもたってもいられなかった。彼はひたすら祈り続けた。しかし、そんな彼をあざ笑うかのように、最悪の知らせが届いた。3人の学生がフィラデルフィア近くの沼地で死体となって発見されたのである。キングは打ちのめされ、立ち上がることができないかのように見えた。

「すまない。君たちまで犠牲になって」。彼の目には、手を振り笑顔で出発していった3人の姿が焼き付いて一層苦痛を覚えた。

ここに至って、ようやく知事は白人、黒人双方の委員会設立に着手。7月2日、ジョンソン大統領は、「1964年公民権法案」に署名。黒人は人権を認められたのである。

そんな時、彼を慰めるかのように東ベルリン市長が「ケネディ大統領追悼コンサート」に招待してくれた。わずかの間であるがキングは心癒やされ、東ベルリンを経てローマに行った。そしてローマ教皇パウロ6世との会見を許され、バチカン会議を記念する銀のメダルを贈られたのであった。

帰国してみると、驚くべき知らせが待っていた。コレッタ夫人が電話してきたのである。「マーティン、あなた、ノーベル平和賞を受賞したのよ! 聞いてるの、マーティン!」

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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