月桃通信(13)沖縄の今と天皇制 石原艶子

2019年8月7日14時20分 コラムニスト : 石原艶子 印刷
+月桃通信(13)沖縄の今と天皇制 石原艶子
長崎県の佐世保港から来た米海軍のドック型揚陸艦「ジャーマンタウン」(LSD-42)(奥)と、辺野古漁港の護岸付近で待機する水陸両用装甲車2台=7月16日、辺野古の「平和の塔」から撮影(写真:山本英夫撮影、ブログ「ヤマヒデの沖縄便りⅢ」より許可を得て転載)

「過去はわたしたちのものだが、わたしたちは過去のものではない。わたしたちは現在を生き、未来をつくる。たとえその未来にわたしたちがいなくても、そこには子どもたちがいるから」(『ガンディー魂の言葉』より)

「光の子として歩みなさい。――光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです――」(エフェソ5:8~9)

「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12:24)

沖縄の今

例年より長かった梅雨と戻り梅雨が明けてから、沖縄は灼熱(しゃくねつ)の太陽が照りつける厳しい夏を迎えています。7月21日の参議院選挙は、平和の一議席なる高良鉄美さんが当選。夜8時には当確が出るという速さにビックリしつつ、私たちはカチャーシー(沖縄の手踊り)を踊り、勝利を喜び合いました。しかし相手候補も23万票余りの得票があり、ひとたび世相が変れば、簡単に逆転されるであろう沖縄社会の分断ともろさを、危機として感じずにはおれませんでした。

今回も選挙により「辺野古新基地NO」の民意を示しましたが、沖縄には民意はないものとされ、現実が変わることはありません。日本という国の中で差別され、一顧だにされない沖縄。国策によって犠牲を強いられる県なのです。知事が、辺野古新基地建設のための埋め立て承認を撤回しても、国土交通相が私人になりすまし、防衛省と共謀して撤回を無効にするという自作自演まで平気でする日本政府に対して、県は提訴して法廷闘争をしますが、裁判では門前払いか敗訴がもたらされそうです。

沖縄に三権分立は存在せず、安倍政権による独裁政治がまかり通っています。だからこそ、私たちは独裁政治を押し戻し、民主主義を求める闘いが問われているのです。この沖縄の現実に対して、同じ日本と言いながら、本土の人々は一部の真剣な仲間たちを除いてほとんどが無関心、他人事なのです。その結果、参議院選挙の結果も安倍政権の続投を許してしまいました。投票率が過去2番目に低い48・8パーセントだったことは、何を語っているのでしょうか。国民と政治が乖離(かいり)して、諦めと無関心の空気が漂い、格差社会のひずみが増し、日本という国が深層部分からガタガタと崩れていく音が聞こえてくるようです。

抗議行動の現場から

埋め立てのための土砂搬入の積み出しが行われている名護市安和の琉球セメント桟橋やダンプの入口での抗議行動は、猛暑のため過酷です。灼熱の太陽が照りつけ、ダンプの排気ガス、交通量の多い国道を前にして、マスクとサングラスで顔を覆い、30分プラカードをかざして抗議行動(ダンプの前を行き来する)をすれば、15分は休まなくては続けられない状態の中、60~70代の私たちが頑張っています。

警備員の人たちは直立不動、無表情、まるでロボットのように入口に並んでいます。声を掛けても無言、マスクもせず、何と過酷な重労働であることか。まだこうして歩きながら自由に意思表示のできる私たちは何と幸いなことでしょう。彼らの人権は、お金のためだけに買われているのです。一方、機動隊の沖縄の若者たちとは時に言葉を交わし、人間としての交わりが成り立っています。彼らは、けがや事故がないように私たちを守るのが役割のようです。「気を付けて」「大丈夫ですか」「ありがとう」などの言葉掛けもあり、機動隊を敵視する人は今はいないと思います。一緒に平和をつくる仲間として、私たちは彼らに呼び掛けています。これは非暴力の闘いだからこそ、つくり出せたことだと思います。

非暴力とは何か。それは、すべての人を等しく愛することのできる力のこと。だから、子どもも女性も年老いた人も、この非暴力というパワーの担い手になれる。(『ガンディー魂の言葉』より)

このガンジーの言葉の真実を、現場で体験的事実としてかみしめています。港の中には、赤土ともいえる土砂が山のように積み上げられています。辺野古の美ら海がこの土砂で埋め立てられると思うと、何ともやりきれない、つらい気持ちになります。目を転じると、削り取られた山々の姿は痛々しく(他の工事にも使用)、昔の姿をとどめないほど、無惨な姿です。今、この現場で起きていることを上空から第三者の目で眺めたら、人は何をそこに見るでしょうか。人間の底しれない愚かさに言葉を失うことでしょう。見えるのは、お金に身を売ってしまった人間の悲しい現実です。格差社会をつくってしまった資本主義の罪、人間の限りない欲望という罪が見えるのです。

お金が神に取って替わってしまったいま、わたしたちは何をすべきだろう。お金や物の力に依存することは馬鹿(ばか)げている。なのに今日ではお金中心の考え方が蔓延し、わたしたちは目に見えない魂の力など存在しないかのように思い込んでいる。けれどもわたしたちは魂の力を信じ、野蛮なお金には何の価値も認めない。(『ガンディー魂の言葉』より)

闇のお金に人々は群がり、こうしてお金の暴力によって、人間と自然とが破壊されている現場が今、ここにあるのです。

天皇制

新元号「令和」が発表された5月1日、異常とも思える祝賀ムードの中で、皇居前には10時間以上もの待ち時間も何のその、10万人以上もの人々が群がり、「ここに来られただけで幸せ」と。まさに天皇制国家日本の姿を世界に向って発信しました。この時、私は幻を見ていました。安倍政治反対、憲法9条改悪反対、原発反対、辺野古新基地反対と叫びながら、何百万人もの人々が皇居前に、首相官邸前に群がっているのです。この幻が現実であったなら、安倍政権は退陣し辺野古の新基地建設も中止になるでしょう。

しかし、天皇賛美の群衆には沖縄は見えません。貧困にあえぐ子どもも、暴力に苦しむ人々のことも見えません。すべてが天皇の祝賀ムードの中に埋没して思考停止。嫌なことは忘れ、ムードに浸ることで自分の存在価値を高めているのです。歴史を省みたとき、天皇と国民の関係はどうだったのでしょうか。なぜ国民はかくまで天皇を賛美できるのでしょうか。自分の問題として、天皇制と向き合って考えるべき時は今です。日本人は天皇制をやめることはできますか。天皇制と民主主義とは両立できますか。将来の日本の理想と夢とは? 何を実現したいのか。私たち自身の立ち位置はどこにあるのか。自分の問題として、生き方として、具体的にどう生き、何をするのか、一人一人が答を出さなくてはなりません。神と富とに兼ね仕えることができないように、神と天皇とに兼ね仕えることはできないのです。

天皇の軍隊である日本軍は、隣国の韓国を侵略、植民地とし、満州、中国を侵略し、太平洋戦争へと進みました。そして15年余りの戦争の末、1945年8月15日に天皇が「終戦の詔書」をラジオで音読放送、9月2日に降伏文書を受諾し、敗戦を受け入れました。なお、沖縄における日本軍の降伏は9月7日です。この間、天皇の決断によって沖縄は捨て石とされました。広島、長崎の原爆投下も、敗戦を認め早くに終戦の決断を下していたらなかったでしょう。天皇の責任は重大で、その罪は筆舌に尽し難く重いのです。何千万人もの命が失われ、すべてが犬死、天皇に殺されたともいえるのに、今もなお、天皇のために戦った英霊としてあがめられ、靖国神社に祭られて、死してなお天皇に忠誠を表し、天皇制国家日本の礎とされています。このことの欺瞞(ぎまん)性は実に深刻です。

沖縄に立つ各都道府県の慰霊碑の碑文は、京都を除いて他は皆、沖縄の痛みにまったく触れることなく、戦争の罪責をぼかし、英霊として国のためにささげた功績を称えています。それは天皇制国家と軍人の視点です。私たちは歴史の事実と向き合わなくてはなりません。この国の教育は近現代史を教えません。なぜ教えないのでしょうか。天皇制国家の欺瞞性をあらわにすることを恐れているのでしょうか。すべてをなかったことにして天皇制を美化し、天皇制国家を守っていくとしたら、当然天皇制批判はタブーとなり、思考停止となるでしょう。私たちは自ら目覚めて、自ら学ぶしかありません。

歴史の事実は、証言者の言葉として写真と共に出版されています。写真と証言による『写真記録 日本の侵略:中国 朝鮮』の本を見ました。天皇の軍隊が何をしたのか。目を覆いたくなる残虐極まりない行為は、写真を見るのも耐え難いほど強い衝撃で、言葉を失いました。中国、朝鮮の民衆を虫けらのように集団虐殺し、生きた人で人体実験をするという残虐性。どうして日本軍はここまで残虐になれたのか、理解に苦しみます。アドルフ・ヒトラー総統率いるナチスのユダヤ人大量虐殺と同じか、それ以上の残虐性を見た思いです。アジアの人々を蔑視し、見下し、日本民族こそ天皇を頂く最高の民族と思う傲慢(ごうまん)と偽りが、このような残虐性を生み出したのだと思います。

天皇の軍隊が沖縄の民にしたことは、これらの残虐性の延長にあるものでした。方言を話すだけでスパイとして殺され、民の食糧を奪い、壕(ごう)の中で子どもが泣けば殺し、民を壕から追い出して死なせ、軍隊を優先し住民を見殺しにしました。最悪の事件は、集団自決の地獄へと住民を追い込んでいったことです。皇民化教育によって生れた悲惨な事実は、歴史にしっかり刻まれています。天皇の軍隊が住民を守らないことは、沖縄の人にはよく知られていることでした。沖縄では、地上戦によって住民の4人に1人が命を落したのです。

この74年前の沖縄戦が、今につながっていることを知ってほしいと思います。4年前、やんばるの高江でのヘリパット反対闘争の時、本土各地から機動隊が800人も派遣されました。すさまじい弾圧があり、関西から来た機動隊の一人が、「この土人め」と言って大問題となりましたが、これは一つの象徴的出来事にすぎません。70年たっても、沖縄蔑視、差別が続いているということです。安倍政権が本土の警察力を行使して、沖縄を弾圧し、多くの仲間たちが傷つき、危険にさらされ、逮捕された出来事を、私は決して忘れることができません。豊かなやんばるの森が破壊され、国の暴力によってヘリパットが造られてしまったことは、涙なくしては語れません。沖縄が国家権力によって傷つけられた現実は、今、辺野古へとつながっているのです。

沖縄の基地を本土で引き取る活動は、新潟をはじめ10カ所に広がっています。この活動に対してさまざまな意見はありますが、苦しむ者と共に苦しみ、隣人を自分のように愛しなさいとのイエス様の言葉を実践する取り組みとして、無関心な人々に沖縄を知らせ、共に考えることを、活動としてしてくださっていることに、私は心から感謝したいと思います。

日の丸・君が代が、国旗・国歌として制定されていますが、私は、日本には真の国旗も国歌もないと思っています。天皇賛美の国歌が、本当に国民の国歌になり得るのでしょうか。中国やフランスなどの国々の国歌は、国歌によって政府と対決し、抗議できる民衆の歌なのです。しかし日本に民衆の国歌は存在せず、天皇制国家であることを世界に宣言し、暗黙の内に天皇への忠誠を国民に強制しているのです。すべてが天皇制の枠組みの中に存在していることが見えてきます。

私は長野県の田舎育ちで、農村社会を少しく知っています。農村は保守、自民党の支持基盤であり、天皇制がよく見える所です。お上に逆らってはならない、右を見、左を見、自己保身の知恵を身に付け、村八分になることを最も恐れ、自分を殺して上手に生きています。ひとたび戦争に反対し、お上(天皇)に逆らったら、それは死を意味するのです。

日韓関係悪化

朝鮮民族を侵略し、言葉を奪い、残虐行為により命を奪った日本の罪は、謝罪して済むようなものではありません。真心を尽して謝罪し続けることしかないのです。それなのになぜ、韓国経済にとって大事な半導体の部品の輸出禁止や、ホワイト国除外などをするのですか。韓国の人々の首を絞めて、まるで、これでもかと脅しているように見えます。こんな排他的、敵対的なことができるのは、今もなお根底に天皇制があり、天皇の戦争責任を認めないからです。天皇制は思考停止装置、周囲に同調する環境が生れ、自主独立の主体性を失い、多様性豊かな人間と社会を育てません。

天皇制と向き合う

二度と天皇を神としないために、天皇制を可視化して、生活の中に見えにくい形で入り込んでいる環境から自由になるために、▽元号を使わない、▽国歌「君が代」を歌わない、▽天皇の戦争責任と歴史の事実を学び続けること、▽政教分離をしっかり見張ること、▽現天皇ら皇室の言動が憲法第7条の「国事行為」を逸脱していないかなどを検証する――を提唱したいです。

先日、ベトナムから来られた日本語学校の先生が、日本への信頼、尊敬、留学への憧れなどを話された後、「どうか変らないでいてほしい」と語られました。この言葉がグサリと心に刺さりました。もう変ってしまった現実への失望とともに、これから多くの外国人労働者を迎える日本は、天皇制国家として、彼らとどう向き合い、多様性を大切に受け入れていけるのか、差別やいじめを克服できるのか、問い掛けられています。

日本国憲法 第2章 戦争の放棄

第9条

① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

何とすごい9条でしょう。感動の中で、これは神が日本に与えた天からの贈りものだと思いました。これを守る限り、日本は生きるのです。世界の平和のために貢献し、世界の信頼を受ける国となるでしょう。敗戦後74年のこの8月15日に、私は憲法9条こそ命ですと叫びます。罪の中に滅び行く日本に対しての神の憐(あわ)れみの愛でなくて何でありましょうか。憲法9条は世界の宝、人類の宝なのです。

厳しい現実の中でも、私たちの歩むべき指針を憲法9条に持ちながら、歩み続けてまいりましょう。

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石原艶子(いしはら・つやこ)

1942年生まれ。16歳で無教会の先生との出会いによりキリスト者となる。全寮制のキリスト信仰を土台とした愛農学園農業高校に奉職する夫を助けて24年間共に励む。1990年沖縄西表島に移住して、人間再生の場、コミュニティー西表友和村をつくり、山村留学生、心の疲れた人たちと共に暮らす。2010年後継の長男夫妻に委ね、夫の故郷、沖縄本島に移住して平和の活動に励む。無教会那覇聖書研究会に所属。

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