月桃通信(12)敗戦後74年「沖縄慰霊の日」 平和はキリストの十字架の下に 石原艶子

2019年6月25日14時45分 コラムニスト : 石原艶子 印刷
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今年の「慰霊の日」(6月23日)は雨となった。74年前、この付近は焦土と化した。今でも大きな木はほとんどない。雨の平和祈念公園では、鮮やかな濃いピンク色のブーゲンビリアの花も寂しげに見えるのだった。(写真:山本英夫撮影、ブログ「ヤマヒデの沖縄便りⅢ」より許可を得て転載)

「心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」(マタイ5:8~10)

普天間基地にオスプレイが強行配備された2012年10月から、私たちは普天間基地野嵩(のだけ)ゲート前でゴスペルを歌い、聖書の御言葉に聴き、平和への祈りをささげてきました。そんな中で集い来るキリスト者としての絆が結ばれていきました。時に心弱りめげるときにも、あの人、この人の顔が思い浮び、強められ、支えられて今日まで参加することができました。そんな中で神様は、神谷武宏牧師を通して、私に声を掛けてくださり、今日この場へと導いてくださったのです。沖縄戦の体験もなく、本土育ちの私が今ここに立ち、語ることが許されるのだろうかと畏れを抱きつつも、こうして語ることが許される時が来たことに深い感慨を覚えつつ、74年という時の重みをずっしりと感じています。

敗戦後74年を迎えたこの年、沖縄戦での慰霊を沖縄から解き放ち、世界平和への祈りとして世界(地球)的な視点で、戦争を知らない若い世代の人たちと共に学び、共に平和を祈り、行動していくことが求められていると思います。沖縄戦の真実を知り、また沖縄の持つ歴史的な意味と役割とを客観的に見ることが大切と思うのです。

私は辺野古ゲート前での座り込み、安和の港でのダンプ土砂搬入阻止行動、嘉手納基地ゲート前でのピースアクション行動、沖縄防衛局前での抗議行動など、元気な沖縄の女性の皆様と共に叫び、もう6年も続けています。そんな活動の中から考え、教えられたことなどを分ち合いたいと思っています。

私は先日、二度、佐喜眞(さきま)美術館を訪ね、丸木位里(いり)・俊(しゅん)夫妻の描かれた「沖縄戦の図」の前に立ちました。丸木夫妻はこの絵に「国内で唯一地上戦を体験した沖縄で、人間がどのように破壊されているかを描き、そのことをしっかり見て、戦争をしない歴史を歩んでほしい、との願いを込めた」と言われています。ここに描かれている死者たちは、私だったかも知れないと思い、この地獄絵の魂たちと向き合わなくては、私はとても皆様の前に立って語ることなどできないと思いました。

私どもが夫の故郷である沖縄本島に帰って来たのは2010年の夏でした。翌年の6月23日、国際反戦沖縄集会、魂魄(こんぱく)の塔平和コンサートに初めて参加しました。魂魄の塔の前で祈りをささげる多くの人々の姿、お花や飲物が供えられ、線香の香りが漂い、慰霊一色の空気に包まれたその場に足を踏み入れたときの「ああ!! 戦争はまだ終っていないのだ」と、頭を打たれたようなあの強烈な印象を、私は今も忘れることができません。周囲のさとうきび畑を見渡すと、ざわわ、ざわわと、きび畑を渡る風の中から父、母、きょうだいを呼ぶ魂たちの声なき声が聞こえてくるようでした。

あの沖縄地上戦の図が生々しくよみがえり、戦争の恐ろしさに身が震えました。その後、石原絹子さん(日本聖公会沖縄教区司祭)との出会いに導かれ、絹子さんの戦争体験をくり返し聴く中で、沖縄戦の悲惨な地獄の実態があまりにも生々しく心に迫り、沖縄に暮す一人として強い反戦平和への思いが私の命の内に血となって流れ始めたのです。絹子さんとは同じ石原姓の姉妹のようになり、絹子さんの『沖縄戦を語り継ぐ』の本を多くの人に紹介しました。また福岡、大阪での平和講演会にもお供しました。

神様は、「殺してはならない」「隣人を自分のように愛しなさい」「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」と語り掛けてくださいます。「NO WAR」、戦争につながる人殺しの基地はいらない。心の底から湧き上ってくる平和への強い思いと祈りに突き動かされて、座り込み、抗議行動を続けています。これは私の力ではなく、神が与えてくださる力だと実感しています。

今、世界は右傾化が進みつつあり、人々は内向き、不寛容、排他的となり、米国と中国との覇権争いや貿易戦争、権力者による人権と自由への弾圧など、互いの不信感を強め、謀略を巡らし、混沌の中一触即発の戦争危機を抱えています。安倍政権は憲法9条を改悪して、米国に代って戦争できる国へと南西諸島のミサイル基地化を進め、辺野古新基地の建設を民意をまったく無視して強行しています。

また、死の商人の国・米国への従属を強め、武器の「爆買い」はとどまるところを知らず、防衛費は拡大の一途。これはすべて私たち国民の税金からです。武器の爆買いをやめたら、子どもたちの教育や医療のために、生活保護や年金など、国民のために使えるのです。私たちの税金なのに、なぜこのことが自分事とならないのでしょうか。18歳からの選挙権も徴兵制への布石だと分っていながら、なぜ若者は自分事とならず、安倍政権を支持するのでしょうか。神を忘れた人間の欲望はとまるところを知らず、高度に進化した科学技術は途方もない世界へと人類を操り、人間を逆襲するに至りました。

人々が大切にしてきた「命どぅ宝(命こそ宝)」は脅かされ、壊され、人々は孤独となり、ゲーム依存、薬物依存、いじめ、暴力、自殺、殺人などが闇の中に拡大し、人々は身心を病み、悪魔の手中で苦しみ、うめき、滅びへと進んでいます。人間崩壊の不幸な時代となりました。一体人はどこへ向っていくのでしょうか。祈り求めた平和と幸せは、どこにいったのでしょう。戦争をやめられない人間の底知れない罪の深刻さを思い、言葉を失います。

動物たちは群をつくり、リーダー争いはしますが、負けても決して群を殺すことはしません。人間だけが残忍に人を殺す者となり、今も戦争を繰り返し、地球は人間の罪のためにうめいています。聖書は私たちに語り掛けます。「あなたがたの愛が、深い知識において、するどい感覚において、いよいよ増し加わり、・・・何が重要であるのか判別することができ・・・るように」(フィリピ1:9~11)と。

今こそ私たちは目覚めなくてはなりません。私たちが今日、真に慰霊を祈るというなら、私たちは神の前で本当の敵の正体を見破り、決して闇の力、悪に加担せず、イエス・キリストの十字架の旗を掲げて、光と愛の側に立たなくてはなりません。沖縄の大らかさをもって悪を容認するならば、かつてあったようにだまし、だまされる関係の中でひとつ穴に落ちていくでしょう。ある方が言ったように、私たちは右向けと言われたら右を向き、左向けと言われたら左を向き、死ねと言われたら死ぬのですか。「もの言わぬ民は滅びる」のです。

慰霊を語ることは、自分自身の生き方が問われることだと思います。私たちが幾百万もの魂たちの前で、「戦争は二度と絶対にしてはならない」「NO WAR」と叫ぶなら、魂たちは生き返り、私たちと共に闘ってくださるでしょう。そして戦争がこの世界からなくなったとき、初めて魂たちの慰霊の日が訪れるのだと思います。

丸木夫妻の「沖縄戦の図」の中で最も悲惨なのは、親子、きょうだいで殺し合ったあの集団自決の地獄絵です。丸木夫妻は、集団自決とは手を下さない虐殺だと、はっきりと言っています。なぜこんな惨劇が起きたのか。そこに天皇を神とした皇民化教育があったことを決して忘れてはなりません。皇民化教育によってマインドコントロールされてしまった故の悲劇の実体と、私たちは今、真正面から向き合わなくてはなりません。それと同時に、加害者ともなった事実とも向き合わなくてはなりません。二度と同じことを繰り返さないために。それは今、この日、この時に、私たちは向き合わなくてはいけないということなのです。

令和制定の日、沖縄の人々はどう反応しましたか。今回、慰霊の日に読まれる「本当の幸せ」の詩の中に、「平成」「令和」が使われていることに、不安を感じるのは私だけでしょうか。沖縄からの慰霊の日のメッセージとしての発信だからこそ、元号を使ってほしくなかったと思うのは、私だけでしょうか。沖縄戦や特に集団自決を思えば、元号を使うことはとてもできません。今や子どもたちを指導できる教師もいないのでしょうか。平和教育の危機と、再び天皇制にコントロールされる沖縄の弱さに不安を感じるのです。

イザヤは預言しました。

「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤(すき)とし、槍(やり)を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(イザヤ2:4)

イザヤはなぜ、このように確信することができたのでしょうか。私はイエス・キリストの御霊がイザヤと共にあったからだと思うのです。私はこのイザヤの預言の言葉は、キリストの十字架の下に成就していることを信じるのです。なぜなら、キリスト御自身が平和の実存そのものなのですから。

去る5月30日、星野文昭さんは、沖縄のために闘って無実の罪で44年間獄中生活を強いられ、国家権力によって殺され、逝かれました。獄中でたくさんの平和への絵を描かれました。星野さんと深く関わり、支え、祈り続けられた平良悦美さんは、「文昭さんは沖縄の未来への夢の火種となって生きている」と言われました。権力に殺されても死なないものとは何でしょう。それこそが死なない魂、存在そのものの内にある愛、だれも奪うことのできない命です。イザヤの預言はキリストを通して実現している故に、私たちは野嵩ゲート前で主の祈りを「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」と祈り続けているのです。

敗戦後74年、今も戦争が終らない現実の中で、座り込み、闘い続ける沖縄の民こそ、未来への平和の火種となって次の世代を支えていくでしょう。そして世界とアジアの平和に向って用いられていくことでしょう。いついかなる試練が来ようとも、私たちは平和の主なる十字架の下にひれ伏し、キリストに従い祈る一人一人として。この慰霊の日に神の前に決意し、未来への平和の火種となりましょう。

※ この文章は、6月21日に那覇バプテスト教会で開催された合同平和祈祷集会「沖縄慰霊の日を覚えて」で語ったものです。

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石原艶子(いしはら・つやこ)

1942年生まれ。16歳で無教会の先生との出会いによりキリスト者となる。全寮制のキリスト信仰を土台とした愛農学園農業高校に奉職する夫を助けて24年間共に励む。1990年沖縄西表島に移住して、人間再生の場、コミュニティー西表友和村をつくり、山村留学生、心の疲れた人たちと共に暮らす。2010年後継の長男夫妻に委ね、夫の故郷、沖縄本島に移住して平和の活動に励む。無教会那覇聖書研究会に所属。

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