月桃通信(11)朝鮮半島南北統一を祈る旅 石原艶子

2019年5月16日22時50分 コラムニスト : 石原艶子 印刷
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辺野古にある座り込み用のテント=5月11日撮影。2004年4月19日から座り込みが始まり、この日で5501日目。すでに15年がたつ。(写真:山本英夫撮影、ブログ「ヤマヒデの沖縄便りⅢ」より許可を得て転載)

序詩
作:尹東柱、訳:伊吹郷

死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱なきことを
葉あいにそよぐ風にも
わたしは心傷んだ
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば
今宵(こよい)も星が吹き晒(さら)される

尹東柱(ユン・ドンジュ):韓国の詩人。1917~45年。ハングルで詩を書いたことが治安維持法に触れ、福岡刑務所に服役。27歳で獄死。

「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」(マタイ5:10)

平澤(ピョンテク)基地とDMZ(38度線非武装地帯)人間の鎖

朝鮮半島の平和を願う韓国訪問団に、沖縄からの31人の仲間の1人として参加させていただけたことを心から喜び、感謝しています。この旅を通して学んだことの一端をお伝えしたいと思います。

まず、「DMZ平和の手をつなぐ宣言文――4・27板門店宣言1周年を迎える私たち」。宣言文の中から一部を抜粋してお伝えします。

南北の首脳が板門店で出会ってから1周年を迎えようとしている今日、私たちは3・1独立宣言100年と臨時政府誕生100年をたたえる2019年の初めに立っている。戦犯の国、日本が分断されなければならなかったのに、歴史は平和を愛するこの民族に荷物を背負わせ、分断70年の苦しみを与えた。しかし歴史は「始まりがあって終わりがあるのではなく、終わりがあるから始まりがある」という言葉の通り、この地で今日、私たちは課題を解決し、民族の歴史を新しく書き加えていこうとしている。日帝統治下の弱小国家でありながら、国の道義を強く訴え、世界平和を念願した先人たちの3・1独立宣言の精神に添って、私たちもまた、鉄条網を取り払い、戦争を終わらせ、この地と世界の平和を願っていこう。

――戦争の終わりと平和体制を築くために全力を尽して声に出し念願しながら、南北の山河を祝福しよう。――DMZ「非武装地帯」と呼ばれるそこは、どのような地であっただろうか。南北をはじめとし、十数カ国から理由なく徴集された若者たちが目をつむることのできないまま死んでいる所だ。そして南と北が互いを害するために数え切れないほどの地雷を埋めた空間ではなかったか。今も死んだ彼らが、死してなお戦争のない平和を叫んでいる。その山河が生命を破壊するすべての隠された武器を捨てよと命じている。この地をこれ以上、死の大地にしてはならないと、死者と自然が繰り返し叫んでいる。共に歩き手をつなぐ私たちも、やはりここDMZで彼らの声を聞きながら、彼らの意思の後を追って歩く――。

この宣言文の一言一言が、日本人である私の心に突き刺さってきました。戦犯の日本は分断されることなく米国に協力し、朝鮮戦争を特需として経済発展をし、戦後の復興を成し遂げました。兄弟の国である朝鮮を分断させた事実さえも忘れている日本人。歴史を学ばず、いやなことはなかったことにする歴史修正主義まで生れる恥ずかしい国、日本。朝鮮の民が負った苦難の歴史、そこから湧き上ってくる民族の誇りと自信と行動力の素晴らしさ。歴然とした両国民の違いをまざまざと見せ付けられました。私たち沖縄の民もまた、差別され切り捨てられた民だから、沖縄というだけで一体感が生れ、互に手を取り合って喜び、人間の鎖に参加できたことの歴史的意味は大きいと思いました。

無念の屍(しかばね)が埋まっているDMZに共に立ち、魂の底から湧き上ってくる民の意志と力、平和への祈りを私たち日本人が共にすることは、「恨(ハン)」を解き放つ行動だと思いました。統一旗と、来られない友人から託された南北統一と書いたうちわを手に掲げて南北統一を祈りました。一人の小さな祈りは多くの人々の祈りに合せられ、力強い祈りとなったことを実感し、感動と感謝にあふれる中で、南北統一の日は必ず来ることを確信しました。

鉄原(チョロン)平和観光

平和展望台から見渡す北朝鮮の山々は、木がまったくなく茶色、韓国の山々は豊かな緑色。北は燃料として山々の木を燃やし尽してしまったのです。その生活の厳しさ、貧しさ、飢えは計り知れません。茶色の山々の向こうから、北の民の悲痛な叫びが聞こえてくるようで、たまらない気持ちになりました。民を助け守ることこそが正義であり、制裁によって民を苦しめることをやめ、温かい援助を送って、粘り強い対話的努力によって朝鮮戦争の終結宣言がなされますように、歴史が大きく動く日が早く来ますように祈りました。決して二度と朝鮮半島を血で染めることがあってはならないと強く、強く思い願いつつ、DMZの地を後にしました。

平澤の米軍基地フィールドワーク

嘉手納のように広大な米軍陸軍基地です。ゲート前はものものしく厳重な警備体制。抗議行動も沖縄のようにゲート前で行うことなどできません。一人で立つことしか許可されませんので、平澤平和センターの人たちが交替で一人ずつ、24時間立つのだそうです。軍事訓練により日常生活は不安にさらされ、空気・水の汚染など環境悪化、沖縄と同じ基地被害に苦しめられています。この基地が拡張される10年前、強制退去が命じられました。村民は立ち上り、毎夜ローソクに火をともして、素手で立ち向い血と涙の闘いをしました。農民の土地を奪うやり方は、沖縄の銃剣とブルドーザーと同じで、基地は暴力によってしか造れない人殺しの暴力装置であります。別地に移住させられ、新しい村をつくった人々が、平和センターを中心に大地を耕しながら基地と向き合い闘い続けていることは、沖縄とまったく同じでした。世界に約800もの基地を持つ米国。世界を混乱に落し入れる戦争国家の底知れない罪の深さ! それに従属・協力し、兵器の爆買いをする日本という国の哀れさ、悲しさ、罪深さに言葉を失ってしまいます。

統一トラクターで分断を越えよう 北朝鮮にトラクター100台を!

平澤の市役所前広場にて、北朝鮮に新品のトラクター100台を!の集会に参加しました。統一米5キロを5千円で購入したら、その半額はトラクター購入のためのカンパになるという地道な取り組みで、既に28台は確保されたとのこと。一日も早く制裁が解除され、北につながるこの道路を、100台の新品トラクターが北に向うその光景を思うと心が躍動しました。分断された民族が、愛と祈りによって一つになろうとする人々の心を思うと涙が出ました。私たちは皆様と共に心一つにして、統一旗を手に掲げながら広場をデモンストレーションする1台の新しいトラクターに拍手を送りました。統一は北の民を助ける愛から始るのだと強烈に教えられた感動の集会でした。偶然にも参加できた幸いを感謝しました。

慰安婦少女像との出会い

日本大使館前の少女像がここにいてくれること、何と勇気のいる苦しみの道のりだったことでしょうか。まだあどけなくかわいい15~16歳くらいの純なる処女は、目に涙を溜めて、足は裸足、両手を固く握りしめていました。像の裏側の路面を見ると、そこには老女となった影が黒く描かれていたのです。そして老女の心臓には、大きな白いチョウが描かれていました。慰安婦にされても決して奪うことのできない魂、人間の尊厳こそチョウの姿だと思いました。勇気を出して慰安婦像となってくださった老女の魂のことを思い、胸がいっぱいになりました。この少女像の前に建っていた日本大使館は壊されてさら地となり、覆い隠されていました。大使館は、近隣のビルの1階を借りているそうです。きっとこの少女像の前に集る多くの人々を見ることに耐えられなかったのではないでしょうか。なぜこの少女像の前にひざまずき謝罪しないのですか。謝罪なくして平和は築けません。ここにもまた、天皇制にからめとられた日本人の兄弟をも見下す傲慢、高ぶりを見た思いでした。

韓国の大地

平澤も鉄原も広大な穀倉地帯です。地雷原となった荒地を、人々が命懸けで開拓した村もあります。農地の一部は、今も検問所を通って行かなければなりませんが、それでも人々が日の入りまで作業をする通いの農地が豊かに広がっていました。大地に生きるたくましい韓国の農民たちが、この国を根っこで支えていることが分ります。農を大切に、自国の大地に生きる民あってこその国だと思いました。

4月、桜の花吹雪が美しく、野の花に彩られた田園は水が張られ、田植えが始っていました。大地の上に命が脈々と息づいていました。まるで故郷に帰ったような大地の息吹に包まれて、農が永遠でありますようにと祈り、決して大地を地雷や放射能で殺してはならないと、平和は大地の上にこそありと、しみじみ思う旅でもありました。

沖縄から

5月11日付の琉球新報には、辺野古移設は着実にしますと、米国防長官代行と日本の菅義偉官房長官が握手する写真が掲載されていました。2019年の今、天皇の代替り、新元号に国民が酔いしれている今、またもや天皇制の下に琉球処分が行われたのです。沖縄に民主主義はありません。なぜひと言でも、沖縄県民は圧倒的に反対していますから基地は造れませんと言えないのですか。私たちはゲート前に座り込み、安和の港での抗議行動をもっと強化していくしかありません。韓国の民との連帯は大きな力となっています。本土の平和を希求する多くの友人たちと共に、非暴力の戦いを続けていきます。

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石原艶子(いしはら・つやこ)

1942年生まれ。16歳で無教会の先生との出会いによりキリスト者となる。全寮制のキリスト信仰を土台とした愛農学園農業高校に奉職する夫を助けて24年間共に励む。1990年沖縄西表島に移住して、人間再生の場、コミュニティー西表友和村をつくり、山村留学生、心の疲れた人たちと共に暮らす。2010年後継の長男夫妻に委ね、夫の故郷、沖縄本島に移住して平和の活動に励む。無教会那覇聖書研究会に所属。

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