聖書にゆかりのあるイラク北部のニネベ平原に住むシャバック族は、長らくその存在が広く知られていなかったが、近年の紛争と迫害を通じて、その独自のアイデンティティーと信仰が明らかになってきた。約20万人から50万人と推定されるシャバック族は、主にモスル周辺のバルテラ、バシカ、ニムルードなどの村に住んでおり、自分たちをクルド人と認識し、日常的にシャバキ語を話している。しかし、1987年の国勢調査でイラク政府は、彼らをアラブ人として分類した。このため、シャバック族は自分たちの土地や権利を認められず、土地を奪われたり、強制収容所に送られたりするなど、多くの苦しみを経験した。
宗教的にはシャバック族の約70%がシーア派イスラム教徒であり、残りはスンニ派やヤルサニ派(カカイ)である。しかし、彼らの信仰はイスラム教の教義と儀式に加え、キリスト教やヤジディ教の要素を取り入れた独自の形態を持つ。このため、シャバック族の宗教は「シャバック教」とも呼ばれ、神秘主義やオカルト的な側面を強く持っている。
2014年、ISISの侵攻により、シャバック族は再び大きな危機に直面した。多くのシャバック族が避難を余儀なくされ、家族やコミュニティーが分断され、信仰の自由も奪われた。現在も多くのシャバック族がドホークやアルビールなどのクルド地域に避難しており、帰還を果たした者も経済的困難や治安の不安定さに苦しんでいる。このような状況の中、シャバック族の間で福音の種がまかれ始めている。
年配のシャバック族の男性サリムは、聖書をシャバック語に翻訳するチームの手伝いをしていた。彼はシャバック族の一般人として、翻訳箇所が理解しやすいかを確認するのが役割だった。聖書翻訳において、現地の母語話者が読み、翻訳の表現が自然か、意味が正確に伝わるかをテストするのは重要な役割だ。
ある日、サリムはルカ15章を読むことになった。放蕩息子に走り寄る父親の場面をサリムは「まだ遠くにいるうちに、父親は息子を見つけ、走り寄り、腕を回して抱きしめ、そしてキスした」と書いてあるまま理解した。
サリムの考える神のイメージでは、神が自ら罪人のもとに走り寄ることはあり得なかった。だから、彼にとってこの例え話は「父が息子を抱きしめる場面」としか理解できなかったのだ。この反応は、イエスが当時の聴衆に語ったときも同じようにあったもので、サリムにとっても非常に自然な反応であった。
翻訳チームは、実際にはこの箇所が神、すなわち天の父が罪人に向かって走り寄ることを描いているのだと丁寧に説明した。その話はサリムにとってショックだったが、同時に彼は心が熱くなるのを感じた。その後数週間、サリムはある信者と出会い、共に祈るようになったのだ。
現在、シャバック語の聖書は存在しないが、ルカ福音書を翻訳するチームが活動を進めている。こうして、母語で神の言葉を理解できる機会が生まれ、信仰の種がシャバック族の間にまかれつつあるのだ。
シャバック語の聖書の完成とともに、シャバック族の救いのために祈っていただきたい。
■ イラクの宗教人口 ※内線前統計
イスラム 98・6%
プロテスタント 0・2%
カトリック 0・04%
正教会 0・3%
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