神声人語―御言葉は異文化を超えて―(59)自己の否定 浜島敏

2018年11月12日19時46分 コラムニスト : 浜島敏 印刷
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「自己の否定」(denial of self)

イエスの教えの中で一つの教えが特に際立って、他のどの教えよりも鋭く魂の深みまで探る力を持っています。「もしだれでも、私の弟子になりたいなら、自分を捨て、十字架を背負い、私にしたがってきなさい」(マタイ16:24参照)。ここでは自己を否定し、キリストと一体となり、キリストの弟子となるという3つの挑戦が与えられています。簡単な言葉ではありますが、巡礼者であるクリスチャンの歩みを表しています。

自己否定というのはあまり一般受けする言葉ではありません。キリスト教信仰独特のものと言えるかもしれません。そんなわけで、非常に翻訳しづらい言葉であります。ほとんどの言語では決まった慣用句がありません。まったく自分の性質とはかけ離れた考えを表す言葉はないものです。ほとんどの人にとって、自分を否定するという考えは、何にも増して異質のものなのです。

南部メキシコのソケ人は、自己の否定を「自分を忘れる」と簡単に表しています。もっと北に住むマサテック人は「自分を覆ってしまう」と言いますし、メキシコのテテルシンゴに住むアステック人は、自己を否定するということは、「自己を受け入れない」と言います。

どれもこれも、自分を退け、自己を排除することを指しています。パメ人はもっとはっきり言います。自己を否定する人は「自分がしたいことをしない」と宣言します。これは心理学の中心課題を表しており、ツェルタル語の慣用句「あなたの心が望むことを行うのをやめる」と似た表現です。

自己の否定というのは、命を捨てよと言っているのではありません。そうではなくて、エゴの欲望によって生きるという自己中心的な生き方を否定することです。

ウアヌコ・ケチュア人は、自己否定を翻訳して「『私は自分のために生きない』と宣言する」ことであると言います。「私・・・私・・・」と言いながら、自分がずっとクリスチャンとして生活してきた中で、突然キリストの挑戦を受け、そうだ、全生涯をかけてキリストに従うのだというような思いにさせられたときのことを思い起こします。

自己否定というのは死を意味するものではありません。それよりも、他の人のために生きることを表しているのです。クリスチャンにとって、「他の人」とはキリストのことであります。キリストのために生きるのです。パウロの言葉によれば、「わたしにとって、生きるとはキリストである」(フィリピ1:21)のです。これが自己否定の積極的な一面です。

ロマ語では、自己否定はちょっと違って「自分という思いを心から取り出してしまう」と表現します。これは、自分の関心ばかりを求め、自己中心的な思いに支配されて、いつも自分のことばかり考えるのをやめなさいということです。

この「自分という思いを捨てる」ということは、精神療法士があらゆる種類のノイローゼ患者に常に言っていることです。内省が速度を増して渦を巻くと、その渦はどんどん狭くなり、やがて自分で起こした渦のため目まいを起こし、魂が疲れ切ってしまうのです。これを癒やすには、ロマ人の言う「自分という思いを自分から出してしまう」という処方しかありません。

「告白」(confession)

告白は魂を清めます。単なる心理的な「空気の入れ換え」ということではなく、聖霊の光が隠れた私たちの心の奥深くまで照らし、秘密の「自己」をさらけ出してくださるために、(肉体、精神、情操共に均衡のとれた)統合された人格となって清められていくのです。

パメ人は告白を、人間だけでなく神からもはっきり見えるように「心を外に引っぱり出す」と言います。告白は単に「真実を語る」とか「自分の罪を認める」とか言うこともありますが、本当の告白は、それよりも意味が深いのです。癒やしを与える力に自分をさらけだして生きることによって、ありのままの生き方ができるようになるのです。

しかし、「告白する」という動詞は罪との関係だけに使われるわけではありません。ルカ12:8に「主を言い表す(告白する)」とあります。リベリアのグベポの人たちは、これを「主の良い名を語る」と言っています。教会で形式的に主に忠誠を言い表すことだけでなく、主が素晴らしい方であることを語る習慣をつけることです。

このタイプの告白は、感情的に興奮した状態の中でする一時的で人為的な告白よりもずっと深いものです。信仰的な会話を生活の中で生かすことこそが、告白の本質であり実体なのです。

「(霊の)交わり」(communion)

罪は壁を作ってしまいますが、告白がその壁を突き破り、霊的な交わりが回復します。交わりとは本質的には友情を経験することです。それには受ける側と与える側があります。

南部メキシコのソケ人は霊的交わりのことを「友達となり、友達でい続けること」と言っています。「相互依存」というのが交わりの本質です。近くに住むツェルタルの人たちは交わりを「お互いに仲間になる」と言っています。

交わりの特徴の一つは、意見の交換であります。交わりは「近くにいること」ではありません。人混みの中にも孤独な人がいます。交わりには共通の関心が必要です。共通点が多ければ多いほど交わりは深くなります。すべての違いが溶けてなくなってしまったときに、完全な交わりが生まれます。

メキシコのマサテック人はこのような交わりを「2人が蟻ほぞで接合されている」と表現します。このたとえは、木材を組み合わせるときに、それぞれに蟻ほぞでバチ形を作り、ぴったりと接合させる製法から生まれた表現です。完全にくっついて初めて完全な交わりとなります。

交わりには、時間と意見交換が重要です。メキシコのミトラのサポテク方言では、交わりを「沸騰している言葉」と面白く表現しています。このたとえは、カッカと討論したり青筋を立てて議論している様子を言っているのではなくて、火にかけているやかんがブツブツ音を立てて沸いている様子を言っているのです。

何時間も座ってお互い共通の希望とか、志とか、願いを楽しく語り合うのです。神との交わりとは、魂が未知の霊界に突然飛び込んでいくような大激変ではないのです。そうではなくて、何時間も神と過ごし、最も個人的で、内密な、現実生活の細かいことまで何でも語ることから生まれるのです。交わりは安全を求めて突進することではなく、自らを神の手に委ねながら現実に向かって一歩一歩歩くことなのです。

中央アフリカのカレ人たちはこの真理を「一緒に足を前に出す」という言葉で表現します。一緒に歩いて障害を打ち破るのです。

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【書籍紹介】
ユージン・ナイダ著『神声人語―御言葉は異文化を超えて
訳者:繁尾久・郡司利男 改訂増補者:浜島敏

ユージン・ナイダ著『神声人語―御言葉は異文化を超えて』

世界の人里離れた地域で聖書翻訳を行っている宣教師たちと一緒に仕事をすることになって、何百という言語に聖書を翻訳するという素晴らしい側面を学ぶまたとない機会に恵まれました。世界の70カ国を越える国々を訪れ、150語以上の言語についてのさまざまな問題点を教えられました。その間、私たち夫婦はこれらの感動的な仕事の技術的な面や、人の興味をそそるような事柄について、詳細なメモを取りました。

宣教師たちは、未知の言語の文字を作り、文法書や辞書を書き、それらの言語という道具を使って神の言葉のメッセージを伝えるのです。私たちは、この本を準備するに当たって、これらの宣教師の戦略の扉を開くことで、私たちが受けたわくわくするような霊的な恵みを他の人たちにもお分かちしたいという願いを持ちました。本書に上げられているたくさんの資料を提供してくださった多くの宣教師の皆さんに心から感謝いたします。これらの方々は、一緒に仕事をしておられる同労者を除いてはほとんど知られることはないでしょう。また、それらの言語で神の言葉を備え、有効な伝道活動の基礎を作ったことにより、その土地に住む人々に素晴らしい宝を与えられたことになります。その人たちは、彼らの尊い仕事を決して忘れることはないでしょう。

本書は説教やレッスンのための教材として役立つ資料を豊富に備えていますが、その目的で牧師や日曜学校教師だけのために書かれたものではありません。クリスチャン生活のこれまで知らなかった領域を知りたいと思っておられる一般クリスチャンへの入門書ともなっています。読者の便宜に資するために3種類の索引をつけました。①聖句索引、本書に引用されている聖書箇所を聖書の順に並べました、②言語索引、これらのほとんど知られていない言語の地理上の説明も加えました、③総索引、題目と聖書の表現のリストを上げました。

ユージン・ナイダ

浜島敏

浜島敏(はまじま・びん)

1937年、愛知県に生まれる。明治学院大学、同大学院修了。1968年4月、四国学院大学赴任。2004年3月同大学定年退職。現在、四国学院大学名誉教授。専攻は英語学、聖書翻訳研究。1974、5年には、英国内外聖書協会、大英図書館など、1995、6年にはロンドン大学、ヘブライ大学などにおいて資料収集と研究。2006年、日本聖書協会より、聖書事業功労者受賞。2014年7~9月、ロンドン日本語教会短期奉仕。神学博士。なお、聖書収集家として(現在約800点所蔵)、過去数回にわたり聖書展示会を行う。国際ギデオン協会会員。日本景教研究会会員。聖書の歴史、聖書翻訳に関する著書・翻訳書、論文多数。

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