記事一覧
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(最終回)御言葉が人々に語る・その4 浜島敏
神の言葉は、人里離れた村々のまだ福音を聞いたことのない人たちだけでなく、海を航海し、外国の港に寄港する船の乗組員にも伝えなければなりません。彼らにも、命の糧が必要です。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(65)御言葉が人々に語る・その3 浜島敏
いつの時代でも、どの国でも、いくら聖書を退けようとしても、神の主張を無視するわけにはいかなくなります。ずっと以前、日本に最初に宣教が試みられた時、幕府は次のような命令を出しました。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(64)御言葉が人々に語る・その2 浜島敏
イスラム世界で聖書の影響がどれほど強いかは、イランのテヘランのある有力なイスラム新聞が最近伝えていることでも分かります。「イラン憲法は民主主義の福音であり、自由の聖書である」と述べているのです。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(63)御言葉が人々に語る 浜島敏
聖書は翻訳するだけでは十分ではありません。聖霊に語り掛けていただくためには、人々の手に渡らなければなりません。宣教師や聖書協会によって出版された聖書は、しばしば翻訳宣教師自ら配布することになります。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(62)「栄光」 浜島敏
神をどう呼んだらよいか適当な言葉を見つけることよりも、神の属性にぴったり合った言葉を見つける方が難しいことがあります。その一つは「栄光」です。ナバホ語では、栄光を表すのは「輝くもの」という言葉です。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(61)「栄える」と「衰える」 浜島敏
ヨハネ3:30の「あの方は栄え(大きくなり)、わたしは衰え(小さくなる)ねばならない」の翻訳は簡単ではありません。「あの人はでっかくなり、私はちっちゃくなる」という肉体的な意味になってしまい、霊的な意味にはなりません。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(60)「弟子となる」 浜島敏
弟子となることは交わりの一種です。私たちの「先生」は飢えている魂に講釈を垂れるようなお方ではなく、語り掛けてくださるお方なのです。ケニヤのキプシギス人はこれを「見習い」と呼んでいます。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(59)「自己の否定」 浜島敏
イエスの教えの中で一つの教えが特に際立って、他のどの教えよりも鋭く魂の深みまで探る力を持っています。「もしだれでも、私の弟子になりたいなら、自分を捨て、十字架を背負い、私にしたがってきなさい」
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(58)うそつきは「おしゃべり」 浜島敏
うそつきというのは、言葉の偽善者です。北部メキシコのタラウマラ人は、このような人のことを「風の強い」人(ほら吹き)と言います。もっと南に行ったパメ人は、うそつきは「おしゃべり」だと言います。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(57)主かく語りたもう 浜島敏
神が啓示のために使われた語彙(ごい)には、心に関する言葉とか、教義上、重要な意味を持っている言葉だけではなく、日常生活で体験することを表す言葉も含まれています。それらの体験は天来の正確さで表現されています。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(56)聖徒は「祈りの人」 浜島敏
通俗的な考えでは、聖徒(聖人)とは手を組んで信心深そうな顔をしている人と思われています。それは、自分が他人よりも善い人であると見られたい一心から、その罪滅ぼしとして、未来に報いがあると妄想しているからだということになります。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(55)「義」と「義認」の訳をめぐって 浜島敏
義は神の計画の外に存在しているものではありません。義とは、永遠に変わらない基準に合わせることを意味しているからです。「義人」というのは、ただ「善良な」人というのではなく、神が人のために定められた道に従う人のことです。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(54)なかなか見つからない「赦し」を表現する適当な言葉 浜島敏
赦しとは、和解を霊的に伝達する手段です。罪の壁は、人をその創造者から隔ててしまいましたが、神がその御子の死によって表してくださった赦しによって打ち壊されました。しかし、この受けるにはもったいないほどの赦しを表現する適当な言葉は、なかなか見つかりません。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(53)救い主は「私たちの手を取ってくださる方」 浜島敏
救いは、贖(あがな)いという客観的事実を、主観的に実感することであります。シピーボ人は、救いは「生きるようにする」という意味だと言います。もし、罪の支払う報酬が死である(ローマ6:23)とすれば、救いは確かに命であります。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(52)「悔い改め」と「回心」 浜島敏
主の教え、預言者や使徒たちの教えに見られるこれらの偉大な教えは、生きた分かりやすい言葉で説明されなければなりません。御霊の力によって命をもたらすものでなければ、からっぽの貝殻か空虚な生活をもたらすだけの偽りの看板になってしまいます。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(51)感謝のない人は「くちばしを拭いている人」 浜島敏
希望というのは、聖書全体を通して翻訳するのが最も難しい言葉の一つです。それは、私たちがあまり希望を持たないからではなく、しばしば希望をただ単なる「待つ」という意味に使ってしまっているからです。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(50)忍耐は「待つ心」 浜島敏
平安は魂の属性を表しますが、忍耐は魂の振る舞いを表します。ボリビアのアイマラ人は忍耐のことを「待つ心」とうまく表現しています。パナマのバリエンテ人は、忍耐をもっと生き生きとした表現で表しています。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(49)「心に適う」「怒り」「平和・平安」 浜島敏
マルコ1:11には、「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」と1つの文章に2つの大切な面が述べられています。愛のあとに喜びがやってくるのは、朝の太陽が、輝かしい日の出の希望を満たしてくれるのと同じです。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(48)「信頼」「疑い」「心配・不安」「確信」「愛」 浜島敏
「信頼」は「信仰」ととても近い関係にありますので、両者を区別することはほとんど不可能です。ユカタン半島のマヤ人は、積極的に「神に身を委ねる」行為を「神の上に身を置く」と表現します。
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神声人語―御言葉は異文化を超えて―(47)神は心に語りたもう 浜島敏
「良き訪れ」が人々の心に届くためには、心に語り掛けるような言葉を使わなければなりません。当然、奇妙な例えを使ったり、訳の分からないような比喩表現を使うべきではありません。その言語にすでに備わっている豊かな表現を使うことです。
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