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神声人語

神声人語―御言葉は異文化を超えて―(47)神は心に語りたもう 浜島敏

2018年5月28日10時34分 コラムニスト : 浜島敏
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関連タグ:浜島敏

「良き訪れ」が人々の心に届くためには、心に語り掛けるような言葉を使わなければなりません。当然、奇妙な例えを使ったり、訳の分からないような比喩表現を使うべきではありません。その言語にすでに備わっている豊かな表現を使うことです。

翻訳宣教師たちは、そのような表現を今までに何百と見つけてきました。それによって私たちは何度となく霊的な目が開かれ、恵みを受けたのです。

「信仰」と「信じる」(faith / believe)

この2つの言葉ほど、私たちの心の奥深くにまで届く言葉はありません。この英語の faith(信仰)と believe(信じる)という2つの言葉は、ギリシャ語では pistis / pisteuo という同じ語幹から出来ています。信仰とは心の深いところで味わう個人的な体験ですが、多くの言語では「信仰」を、信じる対象と自分の魂との密接な関係を反映する言葉で表しています。

中央アフリカ共和国のウバンギ・チャリの森に住んでいるカレ族の人たちは、「信仰」のことを「聞いて魂に取り入れる」と言っています。ただ「聞く」だけでは十分ではありません。言葉だけは聞いても耳は固く閉じており、心では受け入れない人が多いのです。カレ族の人たちは、信仰の本質は外見で受け入れたように見えるだけではなく「魂のうちに」真理を受け取ることであると感じているのです。

隣のカバ・ラカの人たちは同じ真理を強調して、少しばかり違った表現で「聞いて自分のものとし、もう手放さない」と言っています。ここでも耳で聞くのではなくて、心で聞くことが大切で、信じたらもう「手放さない」と言っているのです。

西アフリカの別の言語では、受け入れてそれを手放さないということを絵に見るように生き生きと表現し、「言葉を取って食べる」と言います。このように真理を消化して自分の体の一部にしてしまうことこそ、聖書のメッセージそのものなのです。

ユカタン半島の付け根、南メキシコとグアテマラの深いジャングルの中に散らばっている先住民族の1つ、ラカンドン人は、「神を信じる」とは「神の言葉を心の中に入らせる」ことだと言っています。注意したいのは、信仰を持つためには、人間の側としても責任を回避してはならないと言っていることです。すなわち神に対して「心を開か」なければならないというのです。

神は無理矢理に人の心に入って来ることはなさいません。ラカンドンの人たちは無意識に動詞の使役形を使うことによって、信仰の勝利に至るために人間の側がしなければならないことを伝えているのです。

エチオピアの国境に近いウドゥク人は、ラカンドン人が考えているのと本質的に同じ真理を、ちょっと違った言葉で表しています。彼らは「神を信じる」ことを「神の言葉に体を合体させる」と言うのです。これこそ生きて働く信仰です。神の言葉を受け入れるだけではなく「体と合体させる」というのは、信仰と行動が結びついていることを表しており、これだけが本当の信仰なのです。

グアテマラの北部高地に住んでいるコノブ人は、「信仰」のことを「真理が魂の中に入り込む」と言っています。これも本質的には同じ真理を示しています。すなわち信仰とは、心と魂に触れるものであるということです。信仰とは、頭で考え出した公式でもなければ、儀式や信条にうわべだけで同意することでもありません。信仰とは、心の奥底の体験なのです。

西アフリカの幾つかの言語では、「信仰」を少しずつ違った言い方で表しています。オートボルタ(現ブルキナファソ)のワガドゥーグの周りに住んでいるモシ族の人々は、「神にもたれかかる」と表現します。これは、信仰と確信、信頼と依存のすべてを1つの句でうまく言い表しているようです。

しかし、純真さを忘れた “教養ある” クリスチャンは、この真理を避けてきました。「神にもたれかかる」という真理をねじ曲げてしまって、「信仰」とは、具体的には “人の作った一連の信条” の形で表されているとしてしまいました。これは、不幸な歴史的事実です。

宗教裁判の行われた時代には、このような「言葉」という偶像に頭を下げることを拒んだために、同僚である人間と争い、時には殺したりもしたのでした。「信仰」という言葉から、神とイエス・キリストにいつも任せ続けるという意味をはぎ取って「これこれの信条」を持つことが「信仰」であるかのように変えてしまったのです。真理についての言葉の寄せ集めを大切にし、昔も今も「道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ14:6)お方のことを忘れてしまっているのです。

われわれの信仰告白はとても大切なものです。しかしそれで、よみがえられたキリストによりかかることをあやふやにさせるようなことがあってはなりません。モシ語の近くで話されている別の言葉では、信仰による行いを表すのに「任せて抱いてもらう」と言います。これは母親が仕事をしなければならないときに、自分の子どもを別の人の腕に優しく委ねるときに使う言葉です。これも相手を心から信頼して、頼り切る経験から出てくる言葉です。

メキシコのサカポアストラ地域で話されているアステック方言では、「信仰」を「すぐ後にくっついていく」というふうに表します。この例えは山歩きから発生した言葉です。ある人を信頼するということは、その人の後を離れないでくっついていくことです。正しく導いてくれることを確信していますので、その足跡に従って歩けば安全なのです。

信仰とは、お金を出して買ったり貯めたりするものではありません。信仰とは行動なのです。「後にしっかりついていく」ことは、神との正しい関係を最も鮮明に表す表現なのです。

パナマのバリエンテ人は「信仰」をちょっと違った言い方で表し、「神を心の中に捕まえる」と言います。神が我々を捕まえるという方が良いのではないかと考える人もいるでしょう。しかし、バリエンテ語のこの言い方は、真理のある重要な一面を伝えています。

そもそも森で狩りをする経験から生まれた言葉です。狩りでは動物を探り出し、追いつめて、最後に捕まえ、自分のものにします。ある意味では、信仰の体験もこれと同じです。よく観察して調べた後で、最後に信仰を現実のものとして心で捕らえて、自分のものにするのです。バリエンテ人が神を追跡して捕まえようとしているのだとは考えないでください。彼らは「神を捕まえ」て「心に」入れるのです。

ペルーのシピーボ人は「神を信じる」と言うときに「神にあって強くなる」と言います。英語の直訳とはちょっと違った意味になりますが、神がいなければまったく力がないということを表しています。すなわち、神に頼って初めて強くなれるのだというのです。神に委ねることなしには、霊的に強くなることはないのです。

シピーボの人たちにとって、霊的な力というのは、自分ではなく、まったく他から得られる力なのです。自分の力を霊的に誇るなどということはまったくありません。この言葉自体にそういう意味がありません。力は「神にあって」得られるものなのです。

シピーボのすぐ南に住んでいるピーロ人は、信じることを直訳すると「従い・信じる」と言います。彼らには「信じる」だけでは、神を信じる表現としては弱すぎると考えています。そのような「信仰」は、ある事件が起こったとか起こらなかったとかを認めるだけで、ただ偶然の産物かもしれないからです。

このような頭だけの信仰は、イエス・キリストへの信仰を表現するには不十分であるといわれてきました。信仰はキリストに関わる幾つかの事実に頭で同意するだけでなく、心を開いて、完全な服従を命じられる主と霊的な交わりを持つことです。

このようにピーロの人たちは、この合成語を使うことによって「信仰」と「業」の一致を表現しようとしたのです。信じ従って初めて、クリスチャン体験を自分のものとすることができ、それこそが良き訪れのメッセージなのです。

インドネシア(現・東ティモール)のティモール人は「信仰」のもう1つの面を強調してきました。彼らはそれを「心と合致する」と言います。他の表現と比べると、この句は「信仰」というものを一歩前進させる大切な意味を持っているようです。

真理を受け入れるというだけではなく、心がその主張に応えることによって真理と合致するのです。これこそキリスト教の信仰の本質そのものなのです。この合致がなくては、信仰はありません。加えて、この合致というのは外的な行動だけでなく、心の問題でもあるのです。心が行動を決定するのであって、行動が心を決定するのではありません。

中央メキシコの西側の斜面に住んでいるウイチョル人は、信仰をそれと似たような表現で表しています。しかし一体化の主体の方ではなく、相手の方を強調しています。「信じる」というのは「真理に合致する」と言うのです。ティモール人の表現と、それほど違っているわけではありません。実際、信仰はこの両方が混じり合ったものと定義できるからです。すなわち「心で真理に合致する」ことなのです。

西アフリカのリベリア奥地に住んでいるロマ人は「信仰」を表すのに、また別の言い方をします。「福音を信じる」というのは、彼らの言葉を直訳すると「良き訪れに自分の手を置く」となります。この句は、ロマ人が自分をある物体や行動と一体化する場合「その上に手を置く」習慣から来ているのです。すなわち、この行動を見ているすべての人が、自分の寄って立つ真理と自分とを完全に一体化しようとしている者がここにいることを認めるのです。

本当の信仰は隠しておくものではありません。その本質から、自分の信仰の対象と自分を一体化していることがはっきり見えなければなりません。これがローマ10:10にある「口で公に言い表して救われる」ということなのです。

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*

【書籍紹介】
ユージン・ナイダ著『神声人語―御言葉は異文化を超えて』
訳者:繁尾久・郡司利男 改訂増補者:浜島敏

ユージン・ナイダ著『神声人語―御言葉は異文化を超えて』

世界の人里離れた地域で聖書翻訳を行っている宣教師たちと一緒に仕事をすることになって、何百という言語に聖書を翻訳するという素晴らしい側面を学ぶまたとない機会に恵まれました。世界の70カ国を越える国々を訪れ、150語以上の言語についてのさまざまな問題点を教えられました。その間、私たち夫婦はこれらの感動的な仕事の技術的な面や、人の興味をそそるような事柄について、詳細なメモを取りました。

宣教師たちは、未知の言語の文字を作り、文法書や辞書を書き、それらの言語という道具を使って神の言葉のメッセージを伝えるのです。私たちは、この本を準備するに当たって、これらの宣教師の戦略の扉を開くことで、私たちが受けたわくわくするような霊的な恵みを他の人たちにもお分かちしたいという願いを持ちました。本書に上げられているたくさんの資料を提供してくださった多くの宣教師の皆さんに心から感謝いたします。これらの方々は、一緒に仕事をしておられる同労者を除いてはほとんど知られることはないでしょう。また、それらの言語で神の言葉を備え、有効な伝道活動の基礎を作ったことにより、その土地に住む人々に素晴らしい宝を与えられたことになります。その人たちは、彼らの尊い仕事を決して忘れることはないでしょう。

本書は説教やレッスンのための教材として役立つ資料を豊富に備えていますが、その目的で牧師や日曜学校教師だけのために書かれたものではありません。クリスチャン生活のこれまで知らなかった領域を知りたいと思っておられる一般クリスチャンへの入門書ともなっています。読者の便宜に資するために3種類の索引をつけました。①聖句索引、本書に引用されている聖書箇所を聖書の順に並べました、②言語索引、これらのほとんど知られていない言語の地理上の説明も加えました、③総索引、題目と聖書の表現のリストを上げました。

ユージン・ナイダ

◇

浜島敏

浜島敏

(はまじま・びん)

1937年、愛知県に生まれる。明治学院大学、同大学院修了。1968年4月、四国学院大学赴任。2004年3月同大学定年退職。現在、四国学院大学名誉教授。専攻は英語学、聖書翻訳研究。1974、5年には、英国内外聖書協会、大英図書館など、1995、6年にはロンドン大学、ヘブライ大学などにおいて資料収集と研究。2006年、日本聖書協会より、聖書事業功労者受賞。2014年7~9月、ロンドン日本語教会短期奉仕。神学博士。なお、聖書収集家として(現在約800点所蔵)、過去数回にわたり聖書展示会を行う。国際ギデオン協会会員。日本景教研究会会員。聖書の歴史、聖書翻訳に関する著書・翻訳書、論文多数。

■ 【浜島敏著書】(Amazon)
■ 【浜島敏著書】(イーグレープ)

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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