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新日本語訳聖書記念連載

ヘボンと日本語訳聖書誕生の物語(10)闇に輝くともしび

2018年8月15日21時24分 コラムニスト : 栗栖ひろみ
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関連タグ:ジェームス・カーティス・ヘボン

凶悪な事件が跡を絶たないので、幕府は神奈川一帯に住む外国人を横浜に移す計画を立て、彼らに退去を迫った。ヘボンは診療所として借りている宗興寺を引き続き借用したい旨を申し出たが、許可されなかった。

彼は1日100人ほどの患者を5カ月ほど無料で治療し、おびただしい数のカルテを書いてきたが、その奉仕も打ち切られることになったのである。仕方なく、彼は成仏寺の中で診療を再開した。

1862(文久2)年。ヘボンにとって寂しいことがあった。友人のようにしていた米公使ハリスが退職して、アメリカに帰ることになったのである。ハリスは、自分が愛用している聖書をブラウンに渡して言った。

「これは日本に持ち込まれた唯一の聖書でしょう。どうかこれが最後の聖書となることを祈ります」。それから、彼は教会を建てるために千ドルをブラウンの手に渡し、本国に帰っていった。

一方、ヘボン夫妻はアメリカに残してきた息子サムエルの身を案じていた。彼は心身が軟弱で、世話をしてくれているヤング氏と何かとトラブルを起こしていたのである。

クララはついに一度本国に帰って様子を見てくると言って出国して行った。クララと入れ違いに宣教師のバラ夫妻がやってきた。2人は明るい性格の持ち主だったので、ヘボンとブラウンは慰められた。

そうした時、あの日本中を騒がせた生麦(なまむぎ)事件が起きたのである。1862年9月14日昼ごろのことであった。4人のイギリス人が横浜から東海道を川崎方面に向かっていた。ハート商会横浜駐在員のウッドソープ・クラーク、その友人のウィリアム・マーシャル、彼の妹ミセス・ボロディール、そして上海の商人リチャードソンである。

彼らは川崎大師を見物しようと馬でやってきたのだった。やがて生麦村に差しかかると、大名行列とすれ違った。役人が道の片側に寄るようにと合図したので、4人はそれに従った。しかし、突然武装した何百人もの武士が出て来たので、彼らは行列の中に巻き込まれてしまった。

その時、大名の乗ったかごが近づいて来ると、かごのそばに付き従っている武士が刀を抜いてリチャードソンに切りつけた。男2人は女を守るようにして逃げたが、武士たちは追いかけて彼らの肩や背を切りつけた。2人は青木村まで逃げ、アメリカ領事館のある本覚寺に飛び込んだ。ミセス・ボロディールは走って横浜まで逃げた。

警護のために領事館に来ていた神奈川奉行所の役人は、救急の知らせを聞き、ヘボンを呼びに成仏寺に走った。彼はヘボンが名医である上に温厚な人柄で皆に慕われていることを知っていたからである。

「ヘボン先生、重傷の者が本覚寺におります。どうか手当てをしてやってください」。彼はこう叫んだ。ヘボンはこの時、ブラウンと談笑しながら、日本語訳聖書の仕事をこれからどう進めるかを話し合っていたところだった。

彼は大きな診療用のカバンを持ち、馬を飛ばして本覚寺に駆けつけた。そこには血まみれになった2人の男が寝かされていた。ヘボンはすぐに止血鉗子で出血を止め、傷口を縫合した。

英公使オルコックは休暇中でいなかったので、代理のE・J・ニールが駆けつけてきた。英領事のH・ヴァイスもやってきた。また、仏公使ベルクールも6騎の護衛兵と共に来るに及んで、現場は物々しい雰囲気になった。

帰ってこないリチャードソンを捜しに行くと、彼は生麦村の道の傍らで死亡していた。この大名行列は島津久光のものであった。この事件は一部始終を見ていた英公使の秘書官アーネスト・サトウが事件を克明に記したので、「生麦事件」として有名になった。

こんな時に、神奈川奉行は大村益次郎をはじめとする9人の高官を案内して成仏寺にやってきた。西洋の学問を教えてやってほしいとのことだった。テキストはポーディッチ著『航海者』であった。それに目を通すうちに、ヘボンはキリスト教の真理を教え込むチャンスが無数にあることに気付いた。

(彼らは真理を知りたがっているのだ)。ヘボンはこう確信した。また、しばらく授業を進めるうちに、彼らのうちの幾人かが漢文聖書を持っていることも分かった。

「日本の若者たちはキリスト教について知りたがっています。彼らは互いに話し合っていました。もっと時間をかけて彼らと話し合いの時を持ちたいと思います」。ヘボンはニューヨークの「長老教会海外伝道本部」にこのような手紙を送っている。

そして、自ら訳した寧波(ニンポー)の宣教師マカルティー著『真理易知』の日本語版のパンフレットを印刷するために印刷所を探し始めたのだった。

*

<あとがき>

1862年は、ヘボンにとって寂しい年となりました。長年の親交があった公使ハリスが引退してアメリカに帰ることになり、また、ヘボン夫妻の一人息子サムエルが祖国で問題を起こしたためにクララが帰国してしまったのです。

このような時に、日本中を震撼させた「生麦事件」が起きました。それは、4人のイギリス人が馬で川崎大師を見物に行こうとしていたときに、大名行列とぶつかり、その中に巻き込まれたときに、かごに付き添っていた武士が刀を抜いて彼らに襲いかかったのです。一人は切られて死に、2人は重傷を負って青木村の本覚寺に駆け込みました。

知らせを受けたヘボンは駆けつけ、彼らの治療に当たりました。この事件は欧米の人たちから非難を受け、心ある日本人を悲しませました。こんな時に、幕府は9人の高官をヘボンの所に送ってきました。彼らを教えるうちに、ヘボンは彼らの知識欲が旺盛なことと、キリスト教に関心を抱いていることに気付いたのでした。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
関連タグ:ジェームス・カーティス・ヘボン
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