神学書を読む(31)『ハリウッド映画と聖書』(前編) 「映画のかたちをとった聖書」と「映画の中の聖書」の素敵な関係

2018年7月29日18時35分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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アデル・ラインハルツ著、栗原詩子訳『ハリウッド映画と聖書』(みすず書房、2018年2月)

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私はよく映画評を投稿する。中には、キリスト教や聖書とはまったく関係ない作品群(「ちはやふる」シリーズ、「君の名は。」「シン・ゴジラ」など)を取り上げることもある。最近も「ジュラシック・ワールド / 炎の王国」を取り上げた。いかがであったろうか。

一部の方から次のようなお叱りを受ける。

「単なるこじつけだ!」「キリスト教の恵みを薄めている。とんでもない行為だ!」「そもそも、牧師のすべきことではない!」など・・・。コメントには、心から感謝申し上げたい。ひとえに私の筆力の無さ故のご批判と受け止め、今後も精進していきたい。

しかし本書との出会いが、私の目指していることを明確に、そしてよりアカデミックに説明するすべを与えてくれた。単なる映画と聖書のクロスオーバーを楽しむだけではなく、礼拝の大切な部分を担う「説教」の本質と奥深さを図らずも教授してくれた。

神学者や牧師はもちろんのこと、そこまで神学に精通していない「映画好き」な方が読んでも十分面白い1冊だといえよう。本書はハードカバー400ページを超える大作だが、全体の読みやすさという点では新書と変わらない。また、取り上げられている映画を観たことがあるなら、その辺りはより関心を持って読み進めていくことができる。値段は税別4800円と少し割高だが、得るものがそれ以上であることは保証できる。

著者のアデル・ラインハルツ氏はユダヤ教徒であり、1990年代にヘブライ的知見からヨハネによる福音書を解釈し、一躍有名になった女性の新約聖書学者である。旧新両約を「聖書」と捉える視点を持っていることが、聖書と映画との関連をひもとくのに大いに役立っている。

彼女は映画と聖書(およびキリスト教)の関係を大きく2つに大別している。それは「映画のかたちをとった聖書(Bible on film)」と「映画の中の聖書(Bible in film)」である。

前者は、聖書の物語を古代の時代背景の下に語り直すことが明確に定められた映画群のことを指す。有名なところでは「十戒」「キング・オブ・キングス」、最近では「パッション」などがこれに該当する。聖書の物語を「(当時の見地における)そのまま」映像化することが目的とされている。

加えて、聖書物語からすれば傍流だが、むしろ物語の自由度を高め、感動を呼び起こすという意味では「ベン・ハー」や「聖衣」「バラバ」などの古代活劇映画もこちらに含めてよいだろう、と著者は主張する。

訴えたいポイントは「聖書をビジュアライズ(視覚化)すること」である。聖書をよりリアリティーのある形で提示するという意味では、牧師の説教と同列に置くことも可能であり、視聴覚的に追体験できるという意味では、その進化形ともいえる。事実、現在のキリスト教会ではプロジェクターや大型モニターを説教に用いることは当たり前になったし、時には写真や動画を用いる説教者も存在する。説教壇から語られるものだけが説教だと受け止めてしまうと賛否あるだろう。しかし「ビジュアライズ」という点では、「映画のかたちをとった聖書」を各教会で生み出すことが可能になったといえるだろう。

一方後者は、フィクション映画が聖書物語の枠組みで語られていたり、聖書人物をほうふつとさせる主要人物が登場したり、聖書からの明らかな引用・隠喩が物語のカギを握る展開となる作品群である。具体的に本書で取り上げられているのは、「グラン・トリノ」「アバター」「ショーシャンクの空に」「ディープ・インパクト」「フットルース」「3時10分、決断のとき」など、幅広いジャンルに渡る。

聖書をストレートに扱わないため、作品の一部に「聖書的な香り」が漂っている程度になるが、映画のメッセージや主題に奥行きと共感を与える効果は確かにある。聖書およびキリスト教を連想させることで、どうしてこのような効果が得られるのか、については終章で開示される。この点に関しては次回取り上げてみたい。

ハリウッド映画が聖書をモチーフにする最大のポイントは、それが米国民にとって最大の「共通基盤」となり得るからである。つまり教派や教理のこだわりを横に置くなら、米国は全体の4分の3近くが「キリスト教徒」である。そのため、「聖書で描かれる物語=米国(私たち)の物語」という図式を容易に受け入れ得る者たちが、主な観客となっている。

しかし単に売れんがための措置ではない。製作者側もこの基盤を持った者たちが多く存在するため、「こうであってほしい」というエンディング(落としどころ)を無意識のうちに見いだしていることにもなる。製作者と観客が暗黙の了解で循環できることこそ、ハリウッド映画の特色の一つといえるかもしれない。

また、一見聖書とはまったく関係ないようなSFアクション、サスペンス、ホラーであっても、その根底に共通基盤たる聖書的世界観がアプリオリに備えられているなら、そのエッセンスを観客に知覚させる種(ジグソーパズルのピースのようなもの)がそこかしこにちりばめられているともいえよう。

「映画のかたちをとった聖書」と「映画の中の聖書」という区分けは、結果的に「ハリウッド映画」という一ジャンルの特質を浮かび上がらせる最適な方法となる。著者は本書の中で、このことを実際の映画を取り上げながら全9章にわたって解説している。

観たことのある映画の場合は、「なるほど」と膝を打ちたくなるし、観ていない作品であれば、早速ネット視聴かDVDレンタルに走りたくなる。

映画と聖書の連関は、さらに大きな物語論へと発展していく。次回はその辺りを終章から紹介してみたい。(続く)

■ アデル・ラインハルツ著、栗原詩子訳『ハリウッド映画と聖書』(みすず書房、2018年2月)

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青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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