武士道とキリスト教 「正論」より「配慮」—がん哲学に学ぶ— 樋野興夫

2014年8月23日22時05分 コラムニスト : 樋野興夫 印刷

医療・福祉を専攻する学生の選択授業「死生学概論」で「新渡戸稲造の武士道を読む」という講義を行った。私は新渡戸稲造の武士道に「勇敢なる独創力、急速な決心と決死的なる着手の習慣、実行と忍苦との偉大な能力」の実践を見る。また、「小さな子をいじめず、大きな子に背を向けなかった者、という名を後に残したい」とは、まさに教育者に大切な「心構え」である。「弱い者いじめをしない」とは、医療・福祉に従事する者の原点でもあろう。

一方、病理解剖に従事した者にとっては「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る」は厳しい現実である。「生命」のむなしさを痛感するのは私のみであろうか?これも、死を起点とする病理学者の宿命であろう。故に、「いのち」のまことの意義の探求が始まる。「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか」とは、時代を超えて変わらぬ命題である。われわれ人間は、「有限性」VS「無限性」、「閉鎖性」VS「開放性」を考えることなしに、本当の「自分」の存在意義を深く実感することは不可能な生物ではなかろうか?

人が自宅で死を迎えること(自宅死)は、最近では少なくなり、多くは病院で死ぬ(病院死)。特に、私の専門である「がん死」の場合は、ほとんどが「病院死」と言っても過言ではない。「死生学」とは、まさにわれわれに「心を引き締め」ることを要求する。「死と生」という両極の存在は、われわれを静思へと導き、「謙虚と奥ゆかしさ」を身につけさせてくれるのである。「現代教養」としての「死生学」の学びの重要さを痛感する今日この頃である。

いろいろな分野で「現代的教育ニーズ取り組み支援プログラム」の重要性が国のレベルでも盛んに議論されている。「仁」に基づいた医療人教育が見直されている。

「仁」で思い出すのは、新渡戸稲造の名著『武士道』の第5章「仁・惻隠の心」である。『武士道』の原著は英文である。医学生が、英文であれ、日本語訳であれ、『武士道』を資料に用いてPBL(課題探求型教育)を「現代教養」の試みとして行うことは面白いのではないかと感じた。「賢明な寛容」を必要とする「真の国際人」の育成にもつながるであろう。

「最も剛毅なる者は最も柔和なる者であり、愛ある者は勇敢なる者である」とは、「高き自由の精神」を持って医療に従事する者への普遍的な真理であろう。「他人の苦痛に対する思いやり」は、医学、医療の根本である。昔の命題は今日の命題であり、また、将来の命題でもある。

熊谷直実と平敦盛の物語(一谷の戦、1184年)は、私が育った小さな村の「お寺」で、子どものころ、よく聞かせられたものである。『南総里見八犬伝』で知られる滝沢馬琴(1767~1848)の「敵の傷者に医療を加える物語」も、現代の国際医療のあり方を示す。

「他人の感情を尊敬することから生ずる謙譲・慇懃(いんぎん)の心は礼の根本をなす」。これこそ、多様化し、グローバル化した世界の「現代教養」にふさわしいものであろう。「多様性の統一」である。

樋野興夫

樋野興夫(ひの・おきお)

1954年、島根県生まれ。順天堂大学名誉教授、順天堂大学医学部病理・腫瘍学客員教授、医学博士。新渡戸稲造記念センター長、一般社団法人がん哲学外来理事長。対話を通じて不安を抱えた患者を支援しようと、2008年に日本で初めて「がん哲学外来」を開設。講演活動は大きな反響を呼び、現在では「がん哲学外来&メディカルカフェ」を全国で展開している。著書に『がん哲学外来へようこそ』(新潮社)、『がん哲学』(EDITEX)、『われ21世紀の新渡戸とならん』(イーグレープ)ほか多数。

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