今、新渡戸稲造を振り返る―行き詰まりの日本社会への処方箋

2012年11月12日00時49分 印刷
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シンポジウムの様子=3日、学士会館(東京都千代田区)で

3日、学士会館(東京都千代田区)で第9回南原繫シンポジウムが開催された。

明治時代中盤に生まれ、昭和49年(1974年)に死去した南原繫は政治学者、東京帝国大学の総長を務めた。明治43年(1910年)東京帝国大学法学部政治学科入学後、内村鑑三の弟子となり、生涯を通じて無教会主義キリスト教の熱心な信者であった。また明治40年(1907年)から3年間学んだ第一高等学校では当時校長であった新渡戸稲造からも、多大な影響を受けていた。

今年は新渡戸稲造生誕150周年を記念する年でもある。同シンポジウムでは、南原繫による新渡戸稲造の証、その他新渡戸稲造の代表的著書を振り返り、現代日本にいかに新渡戸稲造の価値観を活かしていくかについて順天堂大学教授の樋野興夫(ひの・おきお)氏による講演会および専門家らによる解説・提言がなされた。

行い"Doing"の前に存在"being"を

文芸春秋1969年1月号に掲載された南原繫の文章の中で、南原繫は新渡戸稲造について「旧第一高等学校長としてあれほど深い感化と影響を当時の学生に与えた教職者はおそらくいない。白皙の紳士新渡戸博士が、行い-"Doing"の前に存在-"being"を、と呼びかけたことが、多くの青年の心をとらえた。四国の片田舎から出て来た者にとっては、新しい人間と世界の発見であった。これは個人自由思想台頭の時期に人間の自覚と個人人格の修養を説いたものである。まさにヒューマニズムの思想であり、我が国ルネッサンスの準備期といって良いだろう。大正期の潮流を迎え、戦後の社会運動、大正デモクラシーの時代に新渡戸校長が我々に説いたことの一つは国際精神、インターナショナルマインドであった。国家全体主義の時代においてすこぶる新鮮な響きを我々に与えた」と証している。シンポジウム開催にあたって同文章が元TBSアナウンサーの宇野淑子氏によって朗読された。

新渡戸は大正9年(1920年)に国際連盟事務次長として就任し、当時の国際社会にあって、列国と使節の信頼を一点に集めていた。一方で新渡戸の講演や談話の内容が、軍部の糾弾するところともなっており、新渡戸は日本とアメリカの架け橋の役割を果たすべく奮闘したものの、昭和8年(1933年)過労のためカナダ・バンクーバーで死去した。

南原は新渡戸の精神について「日本の軍部政治の赴くところ、日米問題の重大化を予感してもっとも心を痛めたのは博士だろう。最後のアメリカ行きは、太平洋の架け橋になろうとした最後の努力と戦いであった。その戦いに倒れ、それから12年、終戦後の日米国交の回復と平和の憲法は、彼の説いて止まなかった国際精神の実現に他ならない。同じく力説した人間自由の精神と普遍的な教養は、新しい我が国の教育理念として取り入れられた。そうした努力がなければ戦後の改革は受け入れられず、行われなかったであろう」と証ししている。

宗教者としての内村、教養人としての新渡戸

新渡戸稲造、内村鑑三の二人の尊敬する人物を得た南原は、「新渡戸先生と内村先生は対比される。後者が宗教者、明治・大正・昭和を通じてもっともすぐれた教養人としての新渡戸。生涯の教えと恩沢を被った。政治社会がいかに複雑困難となろうとも、人間が人間である限り、内面的教養と、宗教的信仰は、いつの時代にも、若い時から追究すべき永遠的課題であり、これに対決するところに人間の知恵と労作とともに自由にして勇気ある行動も生まれるのではなかろうか」と記している。

樋野氏は、「今、ふたたび、新渡戸稲造!―日本国の処方箋―」と題して講演を行い、東日本大震災から1年半が経過した日本にあって、新渡戸が晩年であった昭和8年に三陸で地震の大災害を視察し、惨状を目の当たりにして「Union is Power(協調・協力こそが力なり)」と当時の青年に語っていたことを証しした。

新渡戸稲造の学びから現代日本社会の病理を洞察する樋野氏は、「一見理解不能モードである複雑な現代社会・混沌の中」にあって、新渡戸の学びが「Origin of Fire」の如く全国に広がることへの期待を伝えた。

樋野氏は日本国のあるべき姿として「日本肝臓論」を展開しており、日本が国際社会にあって「肝臓」のような役割を果たすことで再生していくこと、行き詰まりの日本を打開する具体的なイメージが獲得され、人間の身体と臓器、組織、細胞の役割分担とお互いの非連続性の中の連続性、傷害時における全体的な「いたわり」が理解されることが、世界、国家、民族、人間の在り方への深い洞察を誘うのではないかと提言している。

すべての始まりは『人材』、高らかに理念語る『小国の大人物』出現に期待

新渡戸が国際連盟事務次長時代に「知的協力委員会」を構成し、知的対話を行ったことを受け、樋野氏は「今こそ国際貢献として『21世紀の知的協力委員会』の再興の時である。すべての始まりは『人材』である。行動への意識の根源と原動力をもち、『はしるべき行程』と『見据える勇気』、そして世界の動向を見極めつつ、高らかに理念を語る『小国の大人物』の出現」を期待する意を伝えた。

樋野氏は新渡戸について「寛容と信念を備えた具眼の士」であると紹介し、「教育とはまさに『説得ではなく感化』である。新渡戸稲造生誕150周年記念の存在の時代的意義は、『最も必要なことは、常に志を忘れないよう心にかけて記憶することである』という新渡戸の教えにある。『責務を希望の後に廻さない、愛の生みたる不屈の気性(新渡戸稲造)』が必要であることを痛感する」と伝えた。

パネル・ディスカッションでは新渡戸による「衣服哲学」講義他、代表的な著書「武士道」「婦人に勧めて」「東西相触れて」についてそれぞれ成蹊大学研究員愛甲雄一氏、武士道講読会桜庭慎吾氏、東京大学史料室小川智瑞恵氏、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程大井赤亥氏より詳しい解説が行われた。

愛甲氏はトーマス・カーライルの『衣服哲学』講義を行った新渡戸の宗教観、道徳観について、永遠を肯定する宗教観、天から与えられた使命を発揮し、自分の最善を尽くすべきこと、一番自分に近い義務を行うべきであるという考え方を持っていたことを紹介した。

また当時のエリート校として一高では、「日本精神的なもの、籠城主義があったが、新渡戸稲造という白皙の紳士が(校長として)乗り込んだことによって、ヒューマニズムの精神に基づく『人格主義』や『国際精神』の教えが伝えられた」ことを南原が証ししていたことを紹介した。

「真の愛国心」はどのように現すべきか?

桜庭氏は愛国者でありキリスト者であった新渡戸が「真の愛国心」について、「自分の一身に顧みず、道のために動く人がなければ、国は愛国者と称するデマゴークの口に乗せられて、国運の傾くのをむしろ助けるような始末になるおそれがある」と指摘していたことを紹介した。

新渡戸はキリスト者としての愛国心の現し方について、「ある国が世界のため人道のために、如何なる貢献をなしたかは、その国を重くしその威厳を増す理由となる。国がその位地を高めるものは人類一般即ち世界文明のために何を貢献するかという所に帰着する傾向が著しくなりつつある」と説いていた。

また日本の戦後史について孫崎享氏の著書「戦後史の正体」において「日本の戦後史を動かす原動力は、米国に対する二つの外交路線であった。すなわち日本外交は、米国に対する"追従″路線と″自主″路線の戦いであった」と書かれてあることを紹介し、新渡戸の思想が今日の日本社会における民主主義の発展に必要なものであることを伝えた。

小川氏は新渡戸稲造と女子教育について新渡戸の著書を紹介し、女子教育の発展期にあった日本社会にあって新渡戸が「皮相的ではなく、もっと根本的に男子を理解すること、感情的ではなく、もっと理知的に進歩すること、外面的でなく、もっと内面的に一身を練ること」を教えていたことを紹介した。

大井氏は新渡戸の国際連盟事務次官としての活躍について、大正9年(1920年)にスウェーデンとフィンランド間でオーランド諸島領有問題が生じた際の「新渡戸裁定」が行われたこと、フランスの哲学者ベルクソン、パリ大学のキュリー夫人、ベルリン大学のアインシュタインなど、国際的に著名な学者の人選に尽力し、知的協力委員会を設立したことなどを紹介した。

同シンポジウムを主催した南原繫研究会は、2004年4月15日に第1回研究会を開催し、それ以後毎月1回研究会を開催し、『南原繫著作集』全10巻の読書会を行っている。同研究会ホームページはこちら

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<出典> 日本:JX通信社, 厚労省 世界:JH CSSE, WHO
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