安食弘幸
峰町キリスト教会牧師。1951年、島根県出雲市に生まれる。関西学院大学社会学部卒。大学時代は硬式野球、関西六大学リーグのスラッガーとして活躍。関西聖書学院卒。セント・チャールズ大卒(哲学博士)。JTJ宣教神学校講師、国内外の教会や一般企業、ミッションスクール、病院、福祉施設などで講演活動を行っている。著書に『キリストを宣べ伝える―コリント人への手紙第二』『心の井戸を深く掘れ』『道徳力―モーセの十戒に学ぶ―』『ルツの選択、エステルの決断』など多数。
峰町キリスト教会牧師。1951年、島根県出雲市に生まれる。関西学院大学社会学部卒。大学時代は硬式野球、関西六大学リーグのスラッガーとして活躍。関西聖書学院卒。セント・チャールズ大卒(哲学博士)。JTJ宣教神学校講師、国内外の教会や一般企業、ミッションスクール、病院、福祉施設などで講演活動を行っている。著書に『キリストを宣べ伝える―コリント人への手紙第二』『心の井戸を深く掘れ』『道徳力―モーセの十戒に学ぶ―』『ルツの選択、エステルの決断』など多数。
南の島に探検家が上陸すると、島の人々は大歓迎してくれました。そこで島民一堂に会し記念撮影を撮ることになりました。探検家がポラロイドカメラで撮って出来上がった写真を島の首長に渡します。彼らは写真というものを初めて見るので大興奮です。
昔、イタリアのシシリア島のヘロン王は自分の偉大さを誇示するために、金細工人に純金の王冠を作らせました。戴冠式の日、皆一斉に叫びます。「何と素晴らしい純金の王冠でしょう! 王様、大変よくお似合いです!」
米国の詩人で賛美作詞家のファニー・クロスビー(Fanny Crosby、1820〜1915)はニューヨークに生まれ、生後6週間の時、医療ミスによって失明します。さらに、1歳になる前に父親を亡くします。
ある男が自分の妻の誕生日に10カラットもあるダイヤモンドの指輪をプレゼントしたと自慢しています。そして友人に言いました。「キミの奥さんももうすぐ誕生日だね。奥さん確か、格好いいスポーツカーを欲しがっていたよね」
あるお母さんが息子の運動会に出掛けました。息子がみんなと一緒に元気よく入場してきました。「イチ・ニ・イチ・ニ・右・左・右・左」。足をそろえて行進しています。しかし、このお母さんはあることに気が付いたのです。
「独裁者」「黄金狂時代」「モダン・タイムス」「ライムライト」。これらは「喜劇の王様」と呼ばれたチャーリー・チャップリンの代表作です。子どもの頃のチャップリンは大変な苦労をします。
一人の男が工事現場のそばを歩いていると、突然声が。「危ない!止まれ!」びっくりして立ち止まると、目の前に鉄筋が落ちてきました。間一髪で命拾いをしました。声の主にお礼を言おうと辺りを見回すが、人影はありません。
小学校の先生が宿題を返しながら一人の生徒に言いました。「お前の宿題、間違いだらけじゃないか。もっと問題をよく読んでから答えを書きなさい」。生徒は答えます。「ハイ、先生。兄にそう伝えておきます」
「喜劇の王様」と呼ばれたチャーリー・チャップリンについて、こんなエピソードが残っています。彼が休養のために、お忍びでモナコのモンテカルロに来ていたとき、町でチャップリンの「そっくりさんコンテスト」が開かれていました。
100歳を迎えた老人に聞きました。「100歳になった気分はいかがですか」。老人は答えました。「そうですね、赤ん坊に戻った気分です。毛は無い、歯は無い、歩けない。そしておむつをさせられている」
昔、英国のチャールズ皇太子が船で旅行に出掛けたときのことです。ある港に入ろうとしたところ、英国名物の霧で船の視界が遮られていました。ふと見ると、前方、進行方向に光が見えます。このままだと衝突は避けられません。
気の短い少年が人生経験豊かな老人にアドバイスを受けています。「キミは才能豊かな前途有望な少年だ。キミに忍耐力がつけば鬼に金棒、成功間違いなし」。それを聞いた少年は神に祈りました。
ある男が山道を歩いているとき、足を滑らせて崖下へ転落しそうになりました。落ちる途中、必死に手を伸ばして一本の木の枝につかまりました。しかし、その木も彼の体の重みで今にも抜けてしまいそうです。
ラジオ番組の子ども相談コーナーに小学生が電話をかけてきました。「うちのお母さんは毎日毎日ボクに口うるさく言います。朝は早く起きなさい。食事の前には手を洗いなさい。宿題が済んでから遊びなさい。ゲームは決められた時間でしなさい」
ある大きな池にたくさんのカエルが住んでいました。季節になると渡り鳥が飛んできて、翼を休め、再び飛んでいくのです。空高く舞う鳥たちを見て、一匹のカエルがうらやましく思っていました。
ある人がオークション会場から帰ってきました。妻が「何かお気に入りのものがありまして」と聞くと、この人は憤慨しながら言いました。「まったく人をバカにしているよ。今日の目玉商品はあのアブラハムの頭蓋骨だって言うじゃないか」
「ダブル・スタンダード」とは同じ事をしているのに2つの基準と評価があることです。誰にでも身に覚えがあるのではないでしょうか。実は私たちは、このような行動に対する評価だけでなく、自分の心の状況についての評価も自己中心的なのです。
あなたがおすし屋さんに入ってカウンターに座っていると店のご主人がトイレから手も洗わずに出て来て「いらっしゃい。何握りましょうか」と言う。あなたが「手は洗わないんですか」と聞く。
ある国の政治討論会で議論が白熱し、興奮した野党の女性党首が首相に対して言いました。「あんたみたいなわからず屋が私の夫なら、コーヒーに毒を入れてとっくに殺してしまっているわよ!」
ある夫婦はけんか中でもう丸二日も口をきいていません。夫は次の日出張で朝早く家を出なくてはなりません。早起きが苦手な夫は妻に朝起こしてほしいのですが、けんか中で口をきいてもらえません。