信仰のルーツ 穂森幸一(149)

2020年1月23日16時15分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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神はさらにモーセに仰せられた。「イスラエル人に言え。あなたがたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、主が、あなたがたのところに遣わされた、と言え。これが永遠にわたしの名、これが代々にわたってわたしの呼び名である。」(出エジプト記3:15)

聖書の中で神は、ご自身を「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と表現しておられます。イスラエルの父祖たちは、主なる神と親しく交わり、その交わりの中で信頼関係を築き、信仰生活のひとコマが永遠につながるという経験をしていました。たとえ肉体は滅びても、神とのつながりは永遠に継続する生き方でした。

イスラエルの父祖を敬えというのは「ご先祖の生きざまと信仰生活に倣いなさい」という教えです。また「父と母を敬え」というのは、両親の語ってくれた信仰の生き方を疎かにしてはいけないということではないかと思います。信仰の出発点はアブラハムであり、イサク、ヤコブ、ダビデからマリアとヨセフの家系に福音書ではつながっています。

私は中学校時代にアメリカ人宣教師に出会い、高校生の時に入信しました。その教会では、日本のご先祖の因習はすべて悪であり、また先祖が信じていた仏教や神道は偶像礼拝の固まりであり、近づいてはいけないと言われているような印象を受けました。もちろん私の学びの未熟さのためだと思います。しかし、先祖の生き方を否定されると、自分が根無し草になったかのような不安定な気持ちになっていました。

最近、他宗教の方々と交流する機会が与えられ、和尚さんのお話を聞く機会があります。仏教の教えや用語の中に、とても奥深いものがあり、仏教用語を借りた方がむしろ福音がより深く伝わることもあるのではないかと感じることもあります。また、神社を訪ねると清々しい雰囲気があり、そこにいるだけで心が落ち着くのを感じます。神社には特に偶像といわれるようなものはなく、ご神体として鏡が奉納されていますが、そこは神の霊が降りてくる依り代にすぎないといわれます。神主さんとお話をしますと、神道には特に経典もなく、これを拝みなさいというものもないから、宗教とは呼べないかもしれないということです。

古代ユダヤ人が日本に来ていて、日本の神道に影響を与えたとか、日本書紀に記されている秦氏がユダヤ人で、しかも景教徒(ネストリウス派キリスト教)だったかもしれないという話をすると、とんでもないファンタジーとかフェイクだと主張される方々がいらっしゃいます。しかし、神社に行って建物の構造や神道のしきたりを見れば見るほど、ユダヤ教に酷似しています。また、仏教の教えの中には聖書の影響を受けたとしか思えない表現があります。

神道という言葉も聖書由来だといわれます。「神の道」が神道になったといわれます。昔は仏教も仏道と言われていたそうです。日本で誕生した文化的なものはほとんど道が付きます。茶道、華道、柔道、剣道などです。安土桃山時代に日本を訪れたカトリックの宣教師の影響を受けて、仏道が仏教になったと僧侶から聞いたことがあります。

私の足は神の歩みにつき従い、神の道を守って、それなかった。(ヨブ記23:11)

漢字の研究をしている方が「漢字を学べばキリスト教の救いの意味がよく分かる」と言ったことがあります。例えば「犠牲」という言葉は「人のために牛をささげる」という意味があります。「義」という言葉は、羊の犠牲のおかげで私が贖(あがな)われるという意味があります。また、もともと「舟」という言葉は、カヌーに1人か2人乗っているという意味なのですが、大勢の人が乗るのは「船」になります。「八名」乗っている大きな船、すなわちノアの箱舟を指しているといわれます。

私は漢字の成り立ちにヘブル思想が関わっているのではないかと思います。秦氏は中国の漢字にも精通していて、日本に漢字文化をもたらし、平仮名やカタカナの成立にも寄与したと想像してもおかしくないのではないでしょうか。漢字にはとても深い意味があるのですが、漢字文化の本家であるはずの中国では、漢字の簡略化が進み過ぎて、ほとんど意味を汲み取れなくなっているともいわれます。漢字を使いこなしているのは日本だけだともいわれます。

古代日本にヘブル思想とユダヤ文化が到達し、神道と日本文化の由来にも少なからず影響を及ぼしていることを思えば、日本のご先祖の歴史にも興味が出てきます。そして古代日本もアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神とつながっていることを考えれば、必ずしも日本の習俗や因習をすべて捨て去るのではなく、良いところは取り入れ、生かしていくことで、信仰のルーツを誇ることができるのではないでしょうか。

仏教発祥の地、インドで日本仏教を布教し、大きな成果を上げている日本の僧侶がいます。キリスト教を西洋からの切り売りとしてではなく、日本文化の中で受け入れた日本人の一人は、内村鑑三だったのではないかと思います。漢字文化の中で聖書を学び、キリスト教を日本の宗教として逆輸出してもいいのではないでしょうか。

私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい。(ヤコブ5:19、20)

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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