神々の国の一神教 穂森幸一(144)

2019年11月14日18時59分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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主は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石のほかの神々に仕える。(申命記28:64)

日本は発達した文明国の中で、一神教が浸透できなかった唯一の国であるといわれています。確かにキリスト教は、宣教開始から150年目を迎えても、クリスチャンの数は総人口の1パーセント未満だといわれます。最近はイスラム教のモスクも日本各地に建てられているようですが、信者数は1万人足らずともいわれます。

日本の宗教の根幹は神道だと思います。神道では八百万(やおろず)の神という表現があり、神々の数は数えきれないほどあるというふうにいわれています。地域の神社の御祭神はそれぞれ異なりますし、権力者とか指導者が亡くなりますと、神社が建てられ、その方々が御祭神になっていくケースが多々あります。また神道では、すべての人が亡くなると神になるという考えから、死者は柱という数え方をします。

古代日本人からすると、特別の技能を持って日本にやってくる渡来人は特別の存在であり、神々の領域だったのかもしれません。渡来人の故郷は現世の人々が到達できない高天原であり、渡来人は天孫降臨に見えたといっても言い過ぎではないかもしれません。

神道を研究している方とお話ししたことがありますが、古代日本神道は一神教だったそうです。神道の神様はもともと、アメノミナカヌシノオオカミだというのです。今でもアメノミナカヌシノカミは特別の神であり、アメノミナカヌシノカミが祭られている神社は最強のパワースポットになっているといいます。そして、アメノミナカヌシノカミ、タカミムスヒノカミ、カミムスヒノカミという造化三神が続くといいます。

これは聖書の天地創造の神、また父なる神、子なる神、聖霊なる神(三位一体の神)と思想は同じなのではないかと思います。神様の働きの一つが神の名称となり、あたかも独立した神のような扱いになっているが、本当はひとつの神様だというのです。例えば、食べ物の神様が豊受の神となっています。

旧約聖書の中でも、天地万物の創造主がエホバの神であり、ヤーウェの神でもあります。大能の神と呼ばれ、岩なる神、力なる神ともいろいろな表現がなされていますが、信仰者から見ればすべて同じ主なる神であります。また、キリストもご自身のことを「世の光」と宣言しておられます(ヨハネ福音書8:12)。

日本の神社の神々は旧約聖書に登場する天使や預言者みたいなものだと思えば納得できます、と言った人がいました。八百万というのは無限という意味もあるそうですが、当時の感覚ですべての人口を最大限に見積もった数、八百万の神とは民意を表すという考えもあります。

イスラム教徒と仲良くなるためにはイスラム教を理解しなければいけないということで、モスクを訪問された仏教の僧侶がいました。話を聞きたいと告げると、そこの指導者が「我々は偶像礼拝をしているような人とは話ができません」と断ったそうです。そうすると、その僧侶は「我々は仏像を拝んでいるように見えるが、実はそうではありません。その背後におられる宇宙の支配者を拝んでいるのです。だから偶像礼拝者ではありません」と語ったというのです。

紀元前にも古代ユダヤ人が日本にたどり着いた痕跡があり、原始キリスト教徒の流れをくむ景教徒であった秦氏が大挙して日本に移住してきたという記録は、日本書紀にも記されています。また、古墳の中からユダヤ人とみられる埴輪が出土しています。数多くのユダヤ人が技能者として日本の社会で活躍し、機織り、養蚕、酒造、土木、建築の分野で貢献したことは間違いのない事実だと思います。先祖代々宮大工をしているという方が、宮大工の技術は渡来人によってもたらされたと証言しています。

ここで考えさせられることは、一神教の信仰を持っているはずのユダヤ人たちは技術や文化を伝えながら、なぜ自分たちの信仰を押し出さなかったのか不思議になります。

その答えは旧約聖書にあります。北王国イスラエルと南王国ユダに分裂した原因の一つは、偶像礼拝にありました。北王国の人々は一神教を信じながらも偶像と完全に手を切ることはできませんでした。また、祖国が滅亡し、流浪の民となってからシルクロードをたどりながら東の国を目指す途上で、ミトラ教やゾロアスター教、また道教の影響を受けました。そのような信仰を持つ人と婚姻関係になり、仲間として受け入れて一緒に日本にやってきたのではないでしょうか。そして、懐の深い日本という穏やかな環境の中で同化吸収されていったのではないかと思います。しかし、一神教を受け入れる素地は決して消えてはいないと思います。

織田信長が天下統一を目指す戦乱の日本にフランシスコ・ザビエルが渡来し、多くのスペイン系の宣教師が日本各地で宣教し、キリシタン大名も生まれます。この時の信者数は総人口の5分の1という報告もありますから、ものすごい勢いでキリシタンが生まれます。

最初の頃は、織田信長をはじめ多くの武将はキリシタンに好意的でした。ところが、日本人がどうしても受け入れることのできないのが、当時のヨーロッパ人の持っていた奴隷制度でした。アジアやアフリカに住む人を別人種のように思い、奴隷として売買していました。宣教師が連れていた黒人奴隷を信長は買い受け、自由の身とし、自分の家来に召し抱え、録も与えています。日本人の感覚の中に奴隷という概念はないのです。

宣教師に付随して日本にやってきていたヨーロッパの商人の目的は、金銀だけでなく奴隷を得ることでした。火薬一樽のために日本人男女50人が売られていったのです。

秀吉の時に、宣教師の乗ったスペイン船が難破し、日本の植民地化計画や奴隷化計画が暴露され、キリシタン禁制につながったといわれます。秀吉が朝鮮出兵を試みた動機の一つは中国のマカオに行くことであったといわれます。マカオは日本人奴隷の中継地点になっていたからです。

アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、「知られない神に」と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。(使徒17:22、23)

日本の宣教の困難さは、キリシタン禁制の影響もあると思います。しかし、もともとは一神教を受け入れる素地のある国です。日本の文化と伝統を尊重しながら、「アメノミナカヌシノカミは聖書の神と同じですよ。宇宙の支配者は父なる神様ですよ」と根気強く説き続ければ必ず伝わると思います。

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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