コヘレト書を読む(3)「すべては空しい」―コヘレトは厭世主義者か― 臼田宣弘

2018年7月5日10時13分 コラムニスト : 臼田宣弘 印刷
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コヘレトは言う。なんという空(むな)しさ、なんという空しさ、すべては空しい。(1:2、新共同訳)

なんと空しいことか、とコヘレトは言う。すべては空しい、と。(12:8、同)

前回お話ししましたように、コヘレト書にはインクルージオ(囲い込み)といわれる修辞法が使われています。1章2節と12章8節を見比べますと、その内容はとてもよく似ています。この2つの節によって、その間の部分がサンドイッチされているわけです。コヘレト書は冒頭の1章2節で、読者に対して重要な問題提起をして、その提起を最後に再度行っているといっても良いでしょう。しかしその提起が何とも奇妙です。「すべては空しい」という提起なのです。

私は以前、口語訳聖書を読んでいましたが、口語訳でここを読んだときのインパクトは強烈でした。「空の空、空の空、いっさいは空である」と書かれていました。「聖書にもこんな言葉があるんだなあ」と思ったものです。何だか聖書らしくないのです。実際にこの言葉から、コヘレトを厭世(えんせい)主義者と見る向きもあるようです。また、仏教における空思想との関連を指摘する人もいます。しかし私は、いずれのようにも考えてはいません。前回示したように、コヘレトは「真理の言葉を忠実に書き記した」人です。コヘレト書の中にある言葉でいうならば「真理の言葉」という「神様からのプレゼント」に目を向けていた人なのです。

ではなぜ「すべては空しい」と言うのでしょうか。ここで「すべて」と翻訳されている言葉を、ヘブライ語原典で見てみたいと思います。1章2節も12章8節も、この言葉は「ハッコール(הַכֹּל)」です。これはすべてを意味する「コール(כֹּל)」に、定冠詞「ハ(הַ)」が付いたものです。ヘブライ語において、名詞に定冠詞が付く用法には、その名詞を限定化するというものがあります。「すべて」という言葉を限定化しているのです。ある限定化された範囲での「すべて」ということなのです。私はそのように捉えています。

1章14節に「わたしは太陽の下に起こることをすべて見極めたが、見よ、どれもみな(この「どれもみな」もハッコール)空しく、風を追うようなことであった」とあります。コヘレトは「太陽の下におけるすべては空しいのだ」と言っていると、そう解釈したらどうでしょうか。ですから「太陽の下」の外側の存在を、コヘレトは「空しい」とは言っていないのです。

コヘレト書を読んでまいりますと、「空しい」という言葉が繰り返されますが、半面「良いこと」「幸福」「満足」という言葉も繰り返されます。日本語ではさまざまな言葉になっていますが、これらの言葉はヘブライ語「トーブ(טוֹב)」の翻訳です。ヘブライ語で「おはようございます」を「ボケル トーブ」と言いますが、「good morning」と同じニュアンスです。トーブ=good です。コヘレトが厭世主義者で「この世は嫌だ、嫌だ」と言っているだけの人物であるならば、「トーブ」が繰り返されているのはなぜでしょうか。私は「コヘレトはこの世(太陽の下)の空しさを徹底追求し、そのことによって、この世の空しさの外側にある『トーブ』を探求している人」であると考えています。

コヘレトにとって神は「太陽の下」をすべて支配される方ではありますが、しかし「神のなさる業を始めから終わりまで見極めることは許されていない」(3:11)と書かれているように、神は「太陽の下」を超えた存在なのです。コヘレトは「太陽の下におけるすべては空しいのだ」と言います。しかし「太陽の下」を超えた、神との関わりにおけること、あるいは神との関りにおいて「神様からのプレゼント」を受け取ることを「空しい」とは言いません。コヘレトにとってそれは「トーブ」なのです。コヘレトは「トーブ」を導き出すために、「空しさ」の徹底追及を行っているのです。

そうなりますと、「空しさ」という言葉の意味を理解することは、コヘレト書を読む上ではとても大事なことです。今まで申し上げてきたことを前提にして、空しくはならないで、「空しさ」という言葉の意味を理解してみましょう。まずは旧約聖書の創世記4章に書かれている「カインとアベル」の話を読んでみます。実はこの話の中には「空しさ」が隠されているのです。

さて、アダムは妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み、「わたしは主によって男子を得た」と言った。彼女はまたその弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。時を経て、カインは土の実りを主のもとに献(ささ)げ物として持って来た。アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。(中略)カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。(創世記4章1~8節)

聖書が伝える人類最初の夫婦、アダムとエバの間に生まれた兄弟の話です。ある時、兄カインは自分の作った農作物を、弟アベルは自分の飼っている羊から初子をそれぞれ持ち、神の御前に出ます。礼拝を献げたのです。しかし神は、カインの献げた農作物は退け、弟アベルの献げた羊の初子に目を留められました。カインは怒り、アベルを誘い出し、野原で彼を殺害してしまいます。この話の構成は、本当はもっと複雑なのですが、今回はここまでにしておきましょう。

実はこのアベルこそ「空しさ」なのです。コヘレト書に繰り返される「空しさ」は、ヘブライ語で「ヘベル(הֶבֶל)」ですが、アベルもヘブライ語聖書では「ヘベル(הֶבֶל)」なのです。私は、アベルの人生こそ「ヘベル」を最もよく具現していると考えています。

神に目を留められた献げ物を献げたのに、兄に殺害されてしまった人生。これこそが「ヘベル」なのです。ヘベルには「はかなさ、不条理、蒸気」という意味もありますが、私はコヘレト書において「空しい・空しさ」と繰り返される言葉を読むときには、アベルの人生を想起しながら読んでいます。アベルの人生は「空しさ、はかなさ、不条理」そのものです。

新約聖書のヘブライ人への手紙11章4節に「信仰によって、アベルはカインより優れたいけにえを神に献げ、その信仰によって、正しい者であると証明されました。神が彼の献げ物を認められたからです。アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています」とありますから、アベルに対する聖書の総合的な解釈は、少し変わってくるかもしれません。しかし創世記4章におけるアベルの人生は「空しさ、はかなさ、不条理」なのです。ただ付言しておくならば、カインとアベルの話は、創世記においてはカインを断罪する話ではありません。最後にカインは、神の憐(あわ)れみの内に置かれることになります。しかしアベルの人生は「空しさ、はかなさ、不条理」として伝えられています。

「空しさ、はかなさ、不条理」、そのことが、この1章2節と12章8節では、ヘブライ語原典を見ますと複数形を用いて書き出されています。日本語としてはふさわしくないかもしれませんが、直訳すると「空(から)っ空(から)の空しさ」にでもなるでしょうか。「空っ空の空しさ、すべては空しい」という書かれ方になっています。英語訳の聖書では大概のものが、“Vanity of vanities” となっています。いずれにしても「とてつもなく空しい」という意味の言葉で始まっているのです。

確かに、神とつながっていなければこの世界は「とてつもなく空しい」のかもしれません。しかしコヘレトは、空しさを追求しつつも、その空しさの外側をきちんと見ています。神との関わりにおいて得ることのできる「神様からのプレゼント」を見ているのです。ではそれは一体何なのでしょうか。少し時間をかけますが、コヘレトが見ている「神様からのプレゼント」を、じっくりと導き出していきたいと思います。それが、私にとっての本コラム執筆の大きな目的です。

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臼田宣弘

臼田宣弘(うすだ・のぶひろ)

1961年栃木県鹿沼市生まれ。80年に日本基督教団小石川白山教会(東京都文京区)で受洗。92年に日本聖書神学校を卒業後、三重、東京、新潟、愛知の各都県で牧会。日本基督教団正教師。2016年より同教団世真留(せまる)教会(愛知県知多市)牧師。NHK文化センター浜松教室聖書講座講師。「牧師のブログ」で情報発信中。

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