私たち人間の能力ではできない仕事を、あえてさせてくださる神(26)人が無価値と思うものを、多くの人々の益のために用いる神・その10 森正行

2016年2月13日16時07分 コラムニスト : 森正行 印刷
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チャンスを失いがちな自己判断

チャンスを失いがちな自己判断というものがあります。

困ったことが起きたときや忙しくなったときは、問題解決を急ぐために自分の頭で一生懸命考え続けたり、誰かに依存しがちになったり、やけになったり、諦めたりすることです。

失敗してしまったときや悲しくなったときは、落胆が心を覆って落ち込んでしまったり、恥ずかしくなって他人に知られたくないと思い、隠すことを考えたり、自信を失って消極的になり続けたりすることです。

不愉快な思いや憎悪が湧いたときは、心の中に怒りや憎しみの感情が大きくなり、感情に支配されて行動に移ってしまうことです。

チャンスを失う自己判断に共通するもの

多くの場合、これらのことに共通するものがあります。

-あの時は、神様が不在だった-

神は、本当は不在ではありません。むしろそんなときこそ、近づかれます。私たちが弱いときにこそ、力強く働かれます。

けれども、私たち自身が、全知全能の神を信じていたとしても、「神様、助けて」と叫び求めたとしても、現実問題の中では、神のことを横に置いたり、見失ったり、忘れたりしてしまったり、自分の願いや思いを優先し、自分の知恵や経験から自己判断をしてしまうのです。

かつては神の存在を信じないときがあって、自己判断をした、ということも同じです。

自分が作り出す〝神不在の自己判断〟

神は、本当は身近におられるのですが、心の中では、神は「不在」と同じような状態になってしまっているのです。

このような「神不在」の自己判断は、多くの場合、神の祝福、神の恵みの介入の機会を失い、逆に、痛みを伴うような負の刈り取りをしています。神の恵みを受けるチャンスを失ってきたのです。

これは、キリストの弟子たちが〝神不在の自己判断〟をしてしまった一例です。

イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った。イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた。夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう」(マタイ14:13~15、新共同訳)

失ったチャンスを回復させる神と祈り

けれども、たとえ遠い過去にあったことであっても、問題に関わる人物が既に他界しこの世にいなくても、「もう過ぎたことだから仕方のないこと」「相手が死んでしまったからどうすることもできない」というのではなく、過去の出来事も、現在進行形の出来事でも、失ったチャンスを、今もう一度、新たな形で回復させる神がおられるのです。

私たちが、そのような神に心を向け、祈るとき、あらためて神が回復させる道を用意されているのです。

その祈りとは、例えば、「神様、あの時、私の心の中は、自分の思い(あるいは憎しみ、不安、恐れ)でいっぱいで、神様に相談することもなく、自分の気持ちや経験、考えで判断してきました。けれども、今あらためて、過去のあの出来事、あの時の私を、あなたの愛と全能の手に委ねます。あなたの栄光のために用いてください」というような祈りです。

あらためて〝神不在の自己判断〟を神の前に出す

かつて、自分にとって、思い出したくない大きな失敗や苦い経験の記憶は、心の中で「忘れることにしよう」「思い出さないことにしよう」と〝ふた〟をしていませんか。

忘れることで、思い出さないようにすることで、その痛みやつらさから遠ざかろうとしていませんか。

実は、それも、神不在の自己判断の一つです。

遠い過去のつらい出来事であっても、そのままにしてしまいがちだった私たちです。けれども、「神の前に出す」ことができるのです。そこで、とても有益なことは、かつて神不在の自己判断をしてきたものが何だったのか、少しずつでも思い返してみることです。

今度は、神と手をつないで過去に戻ってみる

苦痛を伴うことにもなるので、「神様、今、昔のことを思い出します。私の心を苦しみから守ってください」と、祈りながら思い返してみてください。

あなたが、過去につらい体験をしたことは、何ですか?
あなたが、これまで、とてもくやしい思いをしたことは、何ですか?
あなたが、これまで、誰にも言えないで、胸にしまっていたことは、何ですか?
あなたが、これまでに、心が大きく傷ついたことは、何ですか?
諦めてしまったあの時、あなたの本当の願いは、何でしたか?
自信を失ったあの時、あなたは、どんな気持ちでしたか?
あなたが苦しかった時、本当に心から叫びたかったことは、何ですか?

回復への道

これらのことを、神への祈りの中で、自分の口で話すことが、神不在の自己判断ではなく、神と共に歩む「回復への道」なのです。

記憶の中には「死にたい」と思ったことや、誰かを「殺したい」と思ったこともあるかもしれません。その記憶の告白も、神様は受け入れ、聞かれます。正直な心の告白を責める神ではありません。

それは、神があなたを回復させたいと願うからこそ、今度は〝神不在〟ではなく、神と共に歩む回復と祝福の人生のスタートになるからです。

福音書に登場するザアカイもその一人でした。

イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから」(ルカ19:5)

神の用意される「回復への道」は、あなたの心の傷を癒やすこと、悪癖や繰り返す失敗から解放されること、繰り返す恐れから解放されること、縛られていたものから自由になることにつながっていきます。

これらのことは、日々の家庭での生活や、学校生活、職場での仕事や人間関係に、より良い影響を与えてくれるのです。

それは、これらの言葉を神が語られ、語られた言葉を神は実現されるからです。

だから、もし子があなたたちを自由にすれば、あなたたちは本当に自由になる。(ヨハネ8:36、新共同訳)

神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、囚人には釈放を告げ、主の恵みの年と、われわれの神の復讐の日を告げ、すべての悲しむ者を慰め、シオンの悲しむ者たちに、灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を、憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせるためである。彼らは、義の樫の木、栄光を現す主の植木と呼ばれよう。彼らは昔の廃墟を建て直し、先の荒れ跡を復興し、廃墟の町々、代々の荒れ跡を一新する。(イザヤ書61:1~4)

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森正行

森正行(もり・まさゆき)

1961年兵庫県西宮市出身。建設専門学校卒。不動産会社、構造建築事務所にて土木・建築構造設計部門を5年間勤務。1985年受洗。関西聖書神学校卒。岡山・岡南教会にて伝道師・副牧師3年間奉仕。1995年より現在、日本イエス・キリスト教団宮崎希望教会牧師。

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