思慮を得る者は自分を愛する者(1)自分を本当に愛していますか? 神内源一

2015年8月7日14時52分 コラムニスト : 神内源一 印刷

「思慮を得る者は自分自身を愛する者、 英知を保つ者は幸いを見つける」(箴言19:8)「わが子よ。すぐれた知性と思慮とをよく見張り、これらを見失うな」(箴言3:21)

あなたは、自分を本当に愛しているでしょうか。聖書には、思慮を得る者が自分を愛する者であり、英知を保つ者が幸いを見つけるとあります。では、その思慮と英知とは何でしょうか。どこで手に入れることができるのでしょうか。聖書には、それがどこにあるのかがはっきりと書かれています。

「知恵と力とは神とともにあり、思慮と英知も神のものだ」(ヨブ記12:13)

ある愚かな農夫のことが聖書に書かれています(ルカ12:16~21)。彼は、自分は賢いと思いました。一生懸命働いて蓄えておけば、これからの人生は、飲んで食べて遊んで暮らせると思いました。しかし、神は、それは愚かであると言われます。どんなに蓄えても、今日その命が取られては、何の役にも立ちません。その大きな財産は、天国にも地獄にも持っていくことができません。それは、生きている間だけ使えるのです。

何が本当に賢いことで、知恵あることなのでしょうか。私たちはやがて必ず死んで、永遠の世界に行きます。それならば、永遠の世界に持っていけるもの、そこで得られるものに注目した人生を歩んでいきたいのです。

聖書を読むときにこそ、「知恵のある者はこれを聞いて理解を深め、悟りのある者は指導を得る」のです(箴言1:1~10)。知識の始まりは、「主を恐れること」です。そして、「愚か者は知恵と訓戒をさげすむ」のです。あなたが知恵を得たいなら、聖書を読むことです。なぜなら、神の知恵がそこに書かれているからです。

毎日一行でも、聖書に触れていくことです。何章ずつ読んでいくという読み方もありますが、たった一行でもいいですから、「自分は教えられた」「自分の生き方の方向性を変えなければいけないと示された」という読み方をしていきましょう。なぜなら、聖書を開くときに、聖霊が私たちを導かれます。聖書を通して今の自分の課題を示してくださいます。その聖書の言葉を軽んじる、また読まないというのは「愚か者」だということです。

では、ただ聖書を読むだけでいいのでしょうか。「主を恐れる」(箴言1:7)とは、怖がることではありません。神を敬うことです。たとえ、どれだけ優秀な大学の教授が聖書を読んだとしても、神を恐れることなく、ただ知識として読んでいるかぎり、聖書は分かりません。

なぜなら、聖書は「なぞ」だとも書いてあります(箴言1:6)。神がこの天地を造られました。 あなたが何をしたら今直面している課題を解決できるのか、神はすべてご存じです。しかし、あなたが神を恐れないでただ聖書を読む、あるいは聖書を全く読まないという生き方をするかぎり、その知恵を受けることはできないのです。

神によってのみ、私たちの目は開かれ、聖書の言葉が分かるようになります。神を敬う心がなければ、神の知恵を受けることはできません。なぜなら、知識の始まりは、神がおられることを信じ、聖書が神の言葉であることを受け入れることだからです。「そうは書いてあるけれどねえ」と言っている間は、神の言葉を体験することはないのです。

「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」(マタイ4:4)と書いてあります。ですから、私たちは神の言葉を食べなくてはいけないのです。目の前においしそうなケーキがあっても、見ているだけでは味わえません。神の言葉も、信じて食べるのです。神の言葉を信じて受け取るのです。その時に初めて、私たちは神の言葉を体験します。

どれだけ聖書を読んだかではないのです。まず、神がおられると信じ、神を敬う心を持って聖書に触れていくことです。疑問があってもいいのです。その時は神に聞けばいいのですから。神がおられることを信じ、「あなたがおられるのに、どうしてこのようなことが起きるのですか」と、真剣に聞いてみるなら、神はあなたの目を開き、その問いに答えてくださいます。この世の知者に神が分からないのは、神の知恵なのです。

「事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです」(Ⅰコリント1:21)

クリスチャンになる前には、「ただ信じただけで救われる」と聞いても、「理解もできないことを信じるのか」と宣教の言葉が愚かに思えました。でも、クリスチャンになってこれが分かると、皆さんも経験されたことでしょうが、逆に「何でこれが分からないの?」と思います。

これさえ分かれば救われるのに、これを信じさえすれば解決するのに、天国に行けるのに、信じない人は「いやいや、信じられない」と言うのです。神の言葉を体験した人は、幸いです。御言葉のすごさが体験できたこと、それは、ただ神の力によることなのです。私たちが信じると決めたのではありません。ただ、神が私たちの目を開いてくださったので、分かるのです。

まだ神をご存じない方、疑問に思っている方は、ぜひ「あなたが分かりません、だからもっと分かるようにしてください」と真剣に求めてみませんか。そうすれば必ず、神の力によってあなたの目は開かれていきます。

■ 思慮を得る者は自分を愛する者: (1)(2)(3)(4)

神内源一

神内源一(じんない・げんいち) / 徐起源(そう・きうぉん)

ERM聖書学校校長。恵那クリスチャンセンター(岐阜県恵那市)牧師。恵那レーマミニストリー代表、愛知県一宮市の超教派聖会「ワールド・リバイバル・カンファレンス」の理事・講師を務めるなど、その活動は多岐にわたる。同校本部の岐阜県恵那市に加え、京都、岡崎(愛知)、沖縄、立川(東京)など全国数カ所で聖書学校、聖会をおよそ月1回のペースで行っている。インターネット聖書学校、通信聖書学校等も現在開講中。※画像は恵那レーマミニストリーのロゴ。

■ 外部リンク:

【公式サイト】恵那レーマミニストリー

【告知】8月14日(金)・15日(土)岡崎校で空飛ぶクリスチャン聖会が開催されます

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