鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの生涯(7)鉄橋にかける夢

2020年5月6日15時37分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷

故郷ダムファームリンで静養し、すっかり健康を回復したアンドリューは再び米国に帰ってきた。南北戦争は町に深い傷跡を残していた。早速鉄道を見回った彼は、ペンシルバニア鉄道の重要な橋の一つが焼け落ち、8日間も線が不通になっているのを見つけた。どうやって修復したらいいのだろうか? ぼうぜんと立ちすくんでいたとき、ふと近くにいた人がこれとは関係のない会話をしているのが耳に入った。「・・・とにかく鉄の値上がりときたら、すごいもんだ。1トン130ドルにもなったんだよ」

(鉄・・・か。鉄、鉄・・・)そうつぶやいた瞬間、彼の心にとてつもない考えがひらめいた。焼け落ちた橋と、会話に出てきた鉄とが一つになって、あるイメージを作り上げたのだ。(そうだ。鉄は何にでも耐えられる。今まで橋はすべて木で作られていたから焼け落ちるんだ。鉄を使って橋を作ったらどうだろう)

彼はすぐさまスコット氏にこの考えを話してみた。「これはすごい発想じゃないか。よし、ひとつやってみるか」。スコット氏は、アンドリューの考えに賛成を示し、すぐに銀行からお金を借りる保証人になってくれた。創立者として5人が集まり120ドル出資することになった。そして、小さな会社が発足した。

早速ペンシルバニア鉄道の橋梁を担当した人を呼んで1年かかってさまざまな案を検討した結果、鉄工所を社内に創設することにし、ついに1862年「キーストン橋梁製作所」が出来上がったのだった。ここで作られた橋は米国だけでなく、世界各国で使われるようになり、大評判となった。アンドリューの夢は大きく広がった。世界中に強く大きな橋をかけるのだ!

間もなくスチューベンビルの地点からオハイオ川に橋をかける話が持ち上がり、鉄道会社から300フィートの橋がかけられるかという相談を受けた。これは大変な問題だった。技術の面でも資材の面でもこれだけ大事業をやってのけられる力を持つ会社はなかった。

アンドリューは同僚を説得し、この困難な仕事を引き受けた。現場にやってきたスコット氏は、大きな鋳鉄のくいがゴロゴロ転がっているのを見て目を丸くした。「こんな大きいものを真っすぐ立てることは難しいよ。その上を汽車が走って川を渡るなど至難のわざだ」

しかし、アンドリューはきっぱりと言った。「いいえ、今までの常識ではできないと思われていることをこの会社はやるんです。しっかり基礎工事をすれば、300フィートの鉄橋を造ることも可能です」そして彼は工事現場に赴き、労働者を励ました。「基礎をしっかりやれば大丈夫だよ」「建物は土台が大切なんだ」

不況で毎日多くの会社が倒れる中、「キーストン橋梁製作所」には米国、ならびに欧州各国から注文が来たのだった。あるパーティーの席で、アンドリューは事業が成功する秘訣を尋ねられ、こう答えた。「どんな仕事であっても、良い仕事をすることが重要な決め手となります。最高の標準を持つものが生き残るのです。社会を見渡してみて、正直な仕事をしない会社が成功したためしがありません」。「キーストン橋梁製作所」のモットーは、最高の仕事をすること――であった。

そのうち、この会社が大きくなると、競争相手が出てきた。シカゴ市の橋梁会社が一番強力な相手だった。そんな時、アリソンという有名な議員が社長になっている会社がミシシッピ川に橋をかける計画をし、シカゴの会社に依頼しようか、「キーストン橋梁製作所」にしようか――と迷っていた。

「鋳鉄じゃだめです。もし川を行き来する蒸気船がぶつかったら折れて橋は落ちます」。アンドリューは言った。彼の会社はもっと堅い鉄である錬鉄を使っていた。

「それはそうと、少し散歩しませんか?」アリソン議員は彼と一緒に馬車を走らせた。その時、偶然が味方した。御者が右側に馬車を寄せようとして手綱を引き締めた途端にもろに街灯にぶつかり、街灯は粉々に壊れてしまった。

「ご覧なさい。これは鋳鉄だからこんなにもろいんですよ」。アンドリューが説明すると、アリソン議員は即座に言った。「分かった。君の会社と契約しよう」。やがてスチューベンビルの38フィートの鉄橋が完成した。

<あとがき>

着想というものは、ふとした瞬間に湧き上がるといわれています。戦争で焼け落ちた橋の修復工事に携わっていたとき、アンドリューの耳に、ふと道端にいた人の会話が聞こえました。それは、鉄の値上がりに関する何でもない会話でしたが、アンドリューの頭に稲妻のようなひらめきを与えました。それは「焼け落ちた橋」と「鉄」というものを結びつけ、とてつもない着想が湧き上がったのです。「キーストン橋梁製作所」はこうして誕生しました。

いくら頭脳の明晰(めいせき)な人でも、土台となる信念がなければ、素晴らしい着想を得ることができません。アンドリューは、いかなる仕事をするときでも、常に人に喜んでもらえることを念頭に置き、誠実に励んできました。こうした心構えと、マクミラン牧師によって養われた信仰によって、アンドリューは揺るがぬ信念の下に鉄鋼事業を打ち立て、やがては「鉄鋼王」と呼ばれるほどの大実業家として大成したのでした。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

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