戦後70年の節目の年に 教会はどうあるべきか 村瀬俊夫

2015年4月11日17時16分 執筆者 : 村瀬俊夫 印刷

本年は8月15日に、敗戦から満70年を迎える。敗戦までの日本は1931年9月18日以来、15年間も戦時下にあった。[既成の事実であった台湾及び朝鮮の植民地支配を磐石のものとするために]中国の一部である満州(現在の東北部)への侵略を進め、さらに中国本土にまで侵略の矛先を向け、1937年7月7日からは日中戦争の泥沼へどんどん引き込まれて行った。その頃に私は世に生を受け(1929年)、幼少時代を過ごした。旧制中学の1年生となった年(1941年)の12月8日に米英を敵に回しての大東亜戦争(太平洋戦争)に突入し、ついに1945年の敗戦を迎えたが、そのとき私は旧制中学を[1年繰上げで]卒業していた。

太平洋戦争は[その実]泥沼化した日中戦争の継続に他ならなかった。海軍はもっぱら米国艦隊と闘って敗退を重ね、陸軍も圧倒的米軍の攻勢でガダルカナルを失い、アッツ島はじめサイパン、硫黄島等で[サイパンの場合は多数の住民も含め]全滅の悲劇を繰り返した。沖縄戦では戦闘員の大半と住民(約60万)の四分の一を失い、[本土の一部とみなされていた]沖縄を米軍に占領された。その少し前から本土の各地は連日のように米軍爆撃機による空襲を受け、甚大な被害を蒙(こうむ)った。さらにヒロシマ・ナガサキへの原爆投下で終戦に至ったという経緯から、日本人は日米戦争に敗北したという鮮明な意識を植え付けられ、その後も安保条約下で米軍基地が残存したままであるので、その意識が今も消え去らずにある。それで日本人には「中国に敗れた」という意識がほとんど欠落している。

中国では今年、抗日戦争勝利70周年を大々的に記念するという。中国への侵略戦争の実態に目をつむる安倍政権を意識してのことであろうが、安倍政権には私が前から口やかましく言ってきたように、中国への侵略の事実を認めて謝罪・反省するという歴史認識をしっかり持ってほしい。それは「自虐史観」と呼ばれるようなものでは断じてない。過ちを素直に認めて謝罪し、その真摯(しんし)な反省から再び過ちを繰り返さない道へと進むことは、まさに成人の態度であり、世界に誇るべき日本の栄誉でもある。日本が戦後70年間、[日本を占領した米軍の管轄下であっても]基本的人権の尊重を根底にすえた国民主権と[徹底した]平和主義を高らかに掲げた「日本国憲法」を制定し、まがりなりにも「平和国家」としての歩みを続けてくることができたのは、[そのお陰で敗戦の疲弊から立ち直り経済大国と言われるまでになった経過も含めて]まずまずであったと総括できるのではないだろうか。戦後の歩みで日本の伝統や文化が軽んじられ、日本人の誇りが傷つけられたなどとする歴史修正主義者たちの言い分は、自国中心の考え方への偏りが余りにも強すぎる。それでは国の将来を危うくするばかりである。

安倍首相は、戦後70年を迎えるのを機に、戦後50年を迎えた日に出された[過去の植民地支配と侵略を認めて痛切な反省とお詫びの気持ちを表明した]村山首相談話を強く意識して、できればそれを[否定的に]乗り越える「談話」を出したい意向を早くから漏らしていた。しかし、中国・韓国との関係悪化や米国からの牽制(けんせい)もあって、最近になると大筋で村山談話を継承し、それに自らの所信も加えた談話を出したい、と言明するようになった。村山談話をそっくり継承すると言わないのが気になるが、安倍首相が村山談話を否定することができないと観念したのは良い徴候である。このうえは、私がしつこく要望してきたように、村山談話に示された歴史認識に立って中国・韓国との関係改善に努めていただきたい。そのため靖国神社参拝はきっぱり断念してほしい[と心から願っている]。

年初に中東地域の歴訪でイスラエルを訪問した安倍首相は、1月19日、[第2次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺の記録を収めた]国立ホロコースト記念館を訪れ、見学後のスピーチで「特定の民族を差別し、憎悪の対象とすることが、人間をどれほど残酷にするのかを学ぶことができた」と述べ、第2次大戦下に外交官として多くのユダヤ人を救った杉原千畝(ちうね)氏の功績に触れ、「差別と戦争のない世界、人権の守られる世界の実現に向け、働き続けなければならない」と強調した(『朝日新聞』1月20日朝刊)。よくぞ言ってくれた、という思いに私はさせられた。その言を忘れずに身近な国内政治及び近隣外交においてその実を発揮してほしい。私は祈る気持ちで見守っている。

ここで話題を転じ、私にとっては身内である教会のことを論じたい。もちろん日本の教会のことであるが、それも私との関わりが深い「福音派」の教会についてである。

戦後間もなく福音派の教会で救いに導かれた私は、もう67年余を[ほとんど]福音派の教会の中でキリスト者としての歩みを続けてきた。社会問題はそっちのけで伝道一点張りの福音派の風潮にかなり染まっていたが、私には当初の指導者・長谷川真先生(その父上が内村鑑三の晩年の弟子)の関係で無教会の諸先生の影響があり、いつの頃からか毎年3月下旬に開かれる内村鑑三記念講演会に熱心に参加し、特に矢内原忠雄の講演に心を打たれて[矢内原の月刊個人誌]『嘉信』を愛読するようになった。そのことがあって、1960年代から[第二バチカン公会議の成果にも刺激され]社会や政治の問題に関心を向けるようになった。その態度を[私が]公に表明した先陣は、建国記念の日制定についての公聴会に応募して公述人となり、反対意見を述べた時である(1966年10月26日)。以来、靖国神社法案反対の運動に身を投じて、集会やデモにも積極的に参加するようになった。これが日本におけるキリスト教伝道にとって不可欠な課題であるとの自覚を深めていたからである。

福音派の超教派団体として1960年に結成された「日本プロテスタント聖書信仰同盟」や、その後の「日本福音同盟」の中枢に実行委員や理事として加わるようになったが、どちらも靖国神社問題には一定の理解があって、そのための特別委員会が設けられ、その中で私が活動できたことは幸いであった。それは靖国神社問題を全キリスト教界が連合・連帯して取り組む中で、広くカトリック教会も含め、福音派以外の[主流派と呼んでよい]プロテスタント諸教派の方々と交わることができたからである。それで次第に判ってきたことがある。福音派以外のキリスト教会では、伝道を考える中で社会的視野を取り入れる傾向が[時には極めて]顕著である。福音派では、[例外はあるが多くの場合]《社会的問題を扱うのは教会のすることではない》と言われ、《そんな暇(ひま)があったらもっと伝道に励め》と発破をかけられるのが落ちである。それでは、教会は「世の光・地の塩」であることができず、世に遣わされた使命を果たすこともできない。

[イエス・キリストから]世に遣わされている教会は、自らの勢力拡大や自己保存のためにあるのではない。教会は世のために存在するのであるから、世にある諸々(もろもろ)の課題に関心を向け、それらの課題の解決に[福音の愛をもって]当たるべきである。現代社会における貧困や差別、少子高齢化、戦争と平和、憲法、原発の存否を含む地球環境等の問題と向き合うことは、福音に生きる生活と深く結びついているのである。(2015.1.21)

(『西東京だより』第122号・2015年2月より転載)

村瀬俊夫(むらせ・としお)

1929年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了、東京神学塾卒業。日本長老教会引退教師。文学修士。著書に、『三位一体の神を信ず』『ヨハネの黙示録講解』など多数。現在、アシュラム運動で活躍。

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