聖書をメガネに、記憶と記録(その9)

2015年3月7日20時40分 執筆者 : 宮村武夫 印刷
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記憶と記録から見た、インターネット新聞への期待

聖書をメガネに、記憶と記録の両面とのその相互関係を考察してきました。そこで今、その考察から見えてきたものを手掛かりに、インターネット新聞、具体的には、クリスチャントゥデイに対する期待を2、3記したいのです。

まずインターネット新聞は、豊かな内実を持つ、聖霊ご自身の賜物としての記憶をしっかり受け止める器である事実を留意したいのです。個人の死とともに、膨大な量の記憶が消え去るのに対して、インターネット新聞では、個人の死を超えて記憶が保持され、活用され続けるのです。どれほど記憶が素晴らしいといえ、なお記憶が持てない記録の優れた特徴に私たちは注目してきました。

ところが、インターネット新聞は記憶を即刻文字にできるため、記憶でありつつ同時に記録でもあり、記憶と記録の特徴を併せ持つのです。しかもインターネット新聞は、個人がパソコンに打ち込む徹底的に個人的な作業を基盤にしつつ、一つの会社における多数の人々が共有し、共に活用できる懐の深い器でもあるのです。さらに読者も同様に、記憶と記録を各自のパソコンの作業を通して共有できるのですから、広がりはさらに大きくなります。

情報社会のただ中で、資本と組織の大きさが全てを左右し、決定するかに見えるゴリアテ的世界の中で、なおインターネット新聞を少年ダビデの手にある小石と見、1サムエル記17章を再読したいのです。(終わり)

(文・宮村武夫)

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